徹底的にクールな男達
その、低い声にようやく目を合せた。

 だが、渋い顔にすぐに逸らす。

「ちょっと……いつ帰って来れるか分からない」

「え!? ……今子供と結婚の話をしてるんだけど。それより大事な用?」

 なのかもしれない。

 分からない。

 けど、あの鈴木が急いでいるんだから、それなりに意味がある用だとは思っている。

「……」

 そうだ……。六千万の借金も武之内にはきちんと話をしないといけない。

 それが今なのかもしれない。

 麻見はようやく顔を上げて、その不信そうな目を真正面から見た。

「私、隠してることがあるんです。でも今は急いでるから言えないんです。だから後で……」

 予想以上に早く、外に白のクラウンが停車したのが窓から見えた。しかも、運転席のドアがすぐに開く。

 麻見は慌ててバックを手に玄関に駆け出した。

「ごめん、必ず後で……」

「あのクラウン、男だろ」

 低く軽蔑するような声を後ろから振りかけられたせいで心臓が大きく揺れ、身体が硬直した。

 次いで、インターフォンの音が大きく響く。

「俺の子を身ごもったままで、男の所に行くつもりか?」

 ピンポーンと、大きな音がもう一度鳴り、それと同時に携帯のバイブ音がバックの中で響いた。

 武之内のドスのきいた声に恐怖を感じたが、それでも今私は、このドアを開けなければならない。

 麻見は、もうどうにでもなれと、武之内を無視して玄関の重い鉄の扉を開けた。

「あれっ?」

 そこに立っていたのは……。

「来い」

 3ピースのスーツを着こなし、睨みつけるように手を差し出してくる葛西であった。

 だが、後ろの人影に気付いた葛西の目つきがすぐに変わった。

 と、同時に振り返って武之内を見る。

 その表情もまた、いつもとは全く違う、鋭い威嚇するような目つきだった。

 3秒ほどの沈黙。

 それを先に破ったのは、

「誰ですか?」

 意外にも武之内だった。

 確かに、一番分かりやすい質問の仕方だ。

「ちょっと待って。後で説明するから。先に行くから。急いでるから。後から話する」

 振り切って出て行くつもりで目も合わせず、早口で言い切って足を踏み出した途端、

「待てって!」

 肩を掴まれて身体が後退した。

「僕の妻は妊娠してます。どこに連れて行くんですか?」

 2人して見上げたその先にある葛西の顔は……。

「……」

 予想を超える、険しいやくざの顔、そのものだった。

「ごめん」

 麻見は、咄嗟に振り返って武之内に謝った。そうしろという葛西の心中が、もうオーラでびんびん伝わってきている。

「私、六千万の借金があるの。帰ったら詳しく話す」

「ろく!? せんまん……」

「行きます」

 麻見は、驚く武之内をそのままに靴を履いて外へ出た。

 走るのなら当然スニーカーだと、それだけ意識して履いてドアを閉めた。

「すみません、知らない人が突然」

 麻見は小走りで外に出るなり謝る。自分の家に上司が来ていたことを、葛西に謝る必要などまるでないのだが、そう言わなければならなかった。

「……走るな……」

 クラウンはエンジンをかけたままだったので、乗り込むと同時にスピードを出して走り始める。

「去り際に内容ぶちまけるってのは手法として間違ってる。すんなり出て行きたいのなら、安心させるかきっぱり壊して出てくるかのどっちかだ」

 麻見は意外な出だしに驚きながらも、

「……壊したつもりだったんですけど……」

「何が。帰る気満々だったろ」

 言われて気付く。確かにそうだ。武之内なら大丈夫だと、鍵を預けて出てきた。

「で。気の毒だが、前回後藤田に関わった奴らが次々消えている」

「えっ!? もしかして、鈴木さんもですか!?」

「いや、鈴木は関係ない。南条だ」

「嘘!? そんな……」

「拉致された時、男が3人いたろ。あの事件以降行方知れずだ。南条は……」

「でも私、一昨日後藤田さんと一緒にいました……夜……」

「…………、詳しく話せ」

「ええと……」

 一日が長すぎてすぐには言葉が出ない。

「ええと、色々あって。後藤田さんと寝ました。でも、初めてです。でさっきも電話がかかってきたんですけど、妊娠したって話をしました」

「それで?」

「いや別に。こっちからの連絡は控えるが、かけたくなったらかけてこいって感じでした。わりと消極的な風に感じたんですけど」

「惚れた女には弱いのかもな」

 葛西は前を向いたまま、眉をしかめて声だけ笑った。

「でもあの人、普通の人ですよね?」

 麻見は一番気になっていたことを、顔を覗き込んで聞く。

「…………、普通、ということがどういう事かによるが、アイツは俺のオジキの組のフロント企業の社長だ」

「えッ、ヤクザだったんですか!?」

「まあ、そういう事だ」

「嘘ぉ…………」

 組のフロント企業の社長というのがどういうヤクザの位置かはまるっきり分からなかったが、ただの会社の社長ではないことだけは、それだけは確かなようであった。

「ただ、やり手で会社がでかくなってきたんでオジキとの手を切りたがっててな。この前ついに、オジキを嵌めて無期懲役にしやがった。

 お前を拉致した3人はオジキの所の組のモンで、うちの南条に後藤田をヤる手助けを求めてきたんだが。

 オジキは元々癖が悪い上に敵も多い。ウチも散々迷惑かけられたし、そこまでしてやる義理もねえ。そう言ったら拉致してでも協力させようとしたってわけさ。そこにお前が勝手に絡んでいった」

 「勝手」という言葉が、実に適切ではない。

「後藤田は内通者によって自ら南条を助けたらしいが。それは単純にお前へのアプローチとみている。あれから、後藤田からの連絡が何もないからな。

 奴の会社は大きくなる一方だ。オジキと離れた事でヤクザとの堀は完全に深まった。

 で、おそらく後藤田は最後のシメとばかりに残りの3人を消しにかかってる。

 その上、南条も今日病院で襲われて意識不明の重体だ」

「襲われて!?

で、それで、何で私が?」

 南条の事が気にならないでもなかったが、とりあえず自分の事を先に聞いた。

「その前に、後藤田とはどういう関係だ?」

 つい少し前に後藤田にも同じことを聞かれた事を思い出す。

「会社のお客さんです。でも、プライベートな関係を求められている気はしていました」

「連絡は頻繁に?」

「はい、私が電話をかけている方が多いです」

「どんな用で?」

「仕事です。家電を買いに来るだけの。でも寝たのも結局その延長ですよ」

 助けてもらって身体を預けたのだから、売上を上げて寝るというのと大して変わらない。

「売上ノルマ達成のためか?」

「……まあ、色んな意地で」

「それほど使える頭と身体があったとはな。驚いた」

 葛西は非常に失礼なことに、笑いを噛みしめている。

「そういう事なら、心配はなさそうだな。念のためお前の身も確認しに来ただけだ」

「そうだったんですか……すみません……」

 完全な取り越し苦労だが、それがまさか葛西に伝わるはずもない。

「南条さん、心配ですね……。その、襲ったのは後藤田さん関係の人ですか?」

「いや……。ひょっとしたら別の奴かもしれない。後藤田のその様子なら、南条のことは眼中になかったはずだ」

「ああ……かもしれないですね。そんな雰囲気でした」

 葛西は新たな問題に直面したのか、徐々に険しい顔になりまるでこちらなど眼中にないように、顎を手でさすった。

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