徹底的にクールな男達
「……鈴木さんは?」
少し聞きにくかったが、車が既に自宅アパートに向かっているので1つだけ質問を許してもらう。
「気になるか?」
いや、その切り替えしもないと思うんですけど……。
「……声は元気そうでしたね」
答えたのにそれ以上は何も言わず、
「腹は何か月になる?」
葛西は少し息をすることを思い出したのか、煙草に火をつけてサイドウィンドを下げた。
「1カ月です。けど、産みません」
「……」
ポーカーフェイスなのか、興味がなかったのか、葛西は眉1つ動かさない。
「私、エストロゲンだったんです。あ、そういえばその会社の健康診断の結果は、通知を見る前に後藤田さんから先に聞いたんですけど」
「完全包囲だな」
葛西は呆れたように微笑した。
「でも、私は会社の上司を選んで」
「それで妊娠したんなら国から補償が下りるだろ」
「えっ、嘘!?」
「中絶費用は賄ってくれるはずだ」
「あ、そうなんだ……」
「でもそう思っているのはお前だけだろ? あの顔はそういう顔じゃあなかった」
「…………」
何も説明していないのに、武之内の存在がばれていた。彼は、そんな顔をしていたのだろうか。そんな……産ませるという顔をしていたのだろうか。
「……、ここらで妊娠して家に納まるのもいいだろ。後藤田とはこれを機に切っておいた方がいい。お前が手におえる相手じゃない」
吐きだされた煙からは、「私を守るための最大の忠告」と記されていることがよく分かる。
「別に……後藤田さんは最初から苦手ですよ……」
「昨日寝たんだろ? 妊娠したままで」
「昨日は妊娠していることに気付いてなかったんです! 今日病院行って……はっきりわかったんです」
「フン……うまくいかねえもんだなあ。鈴木のガキ作らせるつもりだったのに」
「えっ!?」
葛西は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに笑った。
「アイツ何も言わなかったのか」
「すっ、鈴木さんですか!? いや、何も……」
「俺が鈴木にあれやこれやと命じてたのは、お前と鈴木をくっつけるためだったんだよ。結局失敗したが」
「えっ、何で私と鈴木さんを!?」
「あいつはすぐにムチャをする。だからそれを止める人間が必要なんだ。歯止めになるような女がな」
「えっ……えー………」
麻見は目を丸くしてダッシュボードを見つめた。
「だが鈴木は忠実な男だ。最初は俺の女だと思い込んでたらな。その考えを変えられなかった」
「…………、そうだったんですか……。そっか……。なんか、今思い返してみたら、そういう意味ではわりと良い線いってたのかもしれないです……」
今になって、少し好きだったことを思い出す。
「鈴木の真面目さだけがなきゃな」
葛西は信号で停止すると、煙をふーっと窓の外へ吹き飛ばした。
「あの……それで、六千万の借金はどうしましょう……」
麻見は上目遣いで葛西の機嫌を伺う。
「……」
彼もやくざだ。ただで帳消しにはならない。葛西は、こちらを見ずに2秒考え、
「今は南条のこともあるし、取り立ては保留にしておいてやる。だがら、あの男には一応伏せておけ」
「…………」
まさかここで武之内に気遣えるとは、さすが器が違う。
「ただ、棒引きにするわけじゃない」
「…………」
ああ、彼はやっぱり、やくざだ。