徹底的にクールな男達
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アパートのドアノブを捻ろうとして、武之内に六千万の借金の話をどう伏せ直そうか全く考えていない事を思い出した。あんなに衝撃を与えた後で、嘘だったとは言えないし、棒引きになってもないのになったとも言えないし。
と、思案していると、
「お帰り」
ドアは内側から開き、先ほどと変わらぬ武之内の姿が見えた。
「……」
だが、こちらを見たのは一瞬で、すぐに外を覗く。
「…………、場所を変えよう」
「えっ!?」
私、今帰って来た所なんですけど。
「俺の家に。車乗って」
「あ……はい……」
特に取る物もないので、そのまま玄関を出、武之内が勝手知ったる我が家のように、靴箱の上に置いてあった鍵でドアを閉めるところを見届ける。
「あ、すみません……鍵……」
受け取ろうと手を伸ばすと、
「もういらないでしょ、この家」
「えっ!?」
いや、その家がないと生きていけないんですけど……。
「お腹は、どうもない?」
一番はそっち……。
「…………」
「……どうもない?」
言葉に詰まっていると、武之内は睨むようにこちらを見下した。
「はい……多分」
「多分?」
「いえ、どうも……」
先に歩き出した武之内の後をついて行き、今度はハリアーの助手席に乗り込む。
「……明日出社ですか?」
車が動き出してから、無言というのも耐え難いので、それらしくも辺りさわりのない会話を試みる。
「いや、休み。仕事だったとしても、出社する気にはならなかっただろうけど」
それって私のせいですか?
「す、すみません、さっきは話が途中だったのに……」
私のせいばかりじゃないと思いますけど。
「帰ってゆっくり話そう。…………、話したいことが山ほどある」
麻見依子と結婚し、子供を作る。
そんなこと、今迄の俺なら微塵も考えられなかっただろう。
俺は、助手席に収まり、外をぼんやり見つめる横顔をちらと確認してから前を向いた。
依子は会社では常に浮いた存在で、よく目についた。
それは外見が整っているという意味で、ではない。
どこかふわふわしていて、仕事に身が入っておらず、適当で、人として信頼できない。
指示を無視するし、独自の考えで行動するし、指導を受けようともしない。
ただそれを改善するのが自分の仕事だとは常々思っていた。だから気にかけてはいた。
だが、決して人として好きではなかった。更には若すぎる故、恋愛対象になど全くなりえなかった。
そもそも気ままな1人暮らしがわりと快適で、特定の女を欲しいとも思わなかったし。
金には困らないし、時間は自由だし。
そんな生活の中で、偶然産まれようとしている命の存在は、本当に言葉通り人生を揺るがすほど衝撃的だった。
「妊娠しました」
あの、たった一言で全てが変わってしまった。
目が覚めたような気分だった。
一言で表現するのなら、嬉しかった。
全くの予想外の出来事だが、心底嬉しかった。
何の変化もなく、穏やかな平坦な暮らしが一気にバラ色になった気がした。
今までの生活も楽しんでいたのにも関わらず、夢にも思ったことがないのに何故か、心の奥にあった理想の家族像が浮かんでしまった。
その母親となり得る女が依子だということに確かに心配はある。
今までの仕事ぶりは元より、年が離れているし、産みたくないと言うし、家庭を守ってもらうには色々な経験が浅すぎて不安だ。
「会社まで、結構遠いんですね」
おまけに六千万の借金と、付きまとう柄の悪い男。
隣で呑気にあくびをしている顔とは全く、想像もつかない裏の顔があるということか。
「……苦痛だよ。職場は近いに限る」
だがしかし、今その一片が見えているのならそこから引きずり出してやらなければならない。そして、全て受け入れた上で解決をしてやるのが俺の使命だ。
だから、どうか何事も隠さないでほしい。
信用して、何から何まで全て、俺の知らない部分をさらけ出してほしい。
「広いですね!! わ、すごい。4部屋あるんですか? キッチンにリビングと奥2つ」
「うん」
俺は全く片付いていないテーブルの上のゴミや、書類や、特に灰をまずウエットティッシュ片手に掃除する。
「……何か飲む? コーヒーでいい?」
既に自らはサーバーで作っている。
「あ、いえ。何もいりません」
「コーヒー嫌い?」
「まあ」
依子は苦笑いしながら、大型テレビが主役を張るその対面したソファに促されるままに腰かけた。
「まあ、お茶くらい」
いくらなんでもそのうち喉が渇くだろうと、空けたばかりのボトルのお茶をグラスに注ぐ。
それでようやく準備が完全に整い、俺も隣にどすんと腰かけた。
慣れたコーヒーの味に、一気に心が落ち着く。
「質問したいけど、それよりも先に話せることを話してほしい」
真剣さをアピールするために真っ直ぐに射抜く。
予想通り依子はすぐに逸らすと、
「隠さなければいけないようなことは何もありません。最初からお話します」
と、グラスのお茶を一口飲んだ。
アパートのドアノブを捻ろうとして、武之内に六千万の借金の話をどう伏せ直そうか全く考えていない事を思い出した。あんなに衝撃を与えた後で、嘘だったとは言えないし、棒引きになってもないのになったとも言えないし。
と、思案していると、
「お帰り」
ドアは内側から開き、先ほどと変わらぬ武之内の姿が見えた。
「……」
だが、こちらを見たのは一瞬で、すぐに外を覗く。
「…………、場所を変えよう」
「えっ!?」
私、今帰って来た所なんですけど。
「俺の家に。車乗って」
「あ……はい……」
特に取る物もないので、そのまま玄関を出、武之内が勝手知ったる我が家のように、靴箱の上に置いてあった鍵でドアを閉めるところを見届ける。
「あ、すみません……鍵……」
受け取ろうと手を伸ばすと、
「もういらないでしょ、この家」
「えっ!?」
いや、その家がないと生きていけないんですけど……。
「お腹は、どうもない?」
一番はそっち……。
「…………」
「……どうもない?」
言葉に詰まっていると、武之内は睨むようにこちらを見下した。
「はい……多分」
「多分?」
「いえ、どうも……」
先に歩き出した武之内の後をついて行き、今度はハリアーの助手席に乗り込む。
「……明日出社ですか?」
車が動き出してから、無言というのも耐え難いので、それらしくも辺りさわりのない会話を試みる。
「いや、休み。仕事だったとしても、出社する気にはならなかっただろうけど」
それって私のせいですか?
「す、すみません、さっきは話が途中だったのに……」
私のせいばかりじゃないと思いますけど。
「帰ってゆっくり話そう。…………、話したいことが山ほどある」
麻見依子と結婚し、子供を作る。
そんなこと、今迄の俺なら微塵も考えられなかっただろう。
俺は、助手席に収まり、外をぼんやり見つめる横顔をちらと確認してから前を向いた。
依子は会社では常に浮いた存在で、よく目についた。
それは外見が整っているという意味で、ではない。
どこかふわふわしていて、仕事に身が入っておらず、適当で、人として信頼できない。
指示を無視するし、独自の考えで行動するし、指導を受けようともしない。
ただそれを改善するのが自分の仕事だとは常々思っていた。だから気にかけてはいた。
だが、決して人として好きではなかった。更には若すぎる故、恋愛対象になど全くなりえなかった。
そもそも気ままな1人暮らしがわりと快適で、特定の女を欲しいとも思わなかったし。
金には困らないし、時間は自由だし。
そんな生活の中で、偶然産まれようとしている命の存在は、本当に言葉通り人生を揺るがすほど衝撃的だった。
「妊娠しました」
あの、たった一言で全てが変わってしまった。
目が覚めたような気分だった。
一言で表現するのなら、嬉しかった。
全くの予想外の出来事だが、心底嬉しかった。
何の変化もなく、穏やかな平坦な暮らしが一気にバラ色になった気がした。
今までの生活も楽しんでいたのにも関わらず、夢にも思ったことがないのに何故か、心の奥にあった理想の家族像が浮かんでしまった。
その母親となり得る女が依子だということに確かに心配はある。
今までの仕事ぶりは元より、年が離れているし、産みたくないと言うし、家庭を守ってもらうには色々な経験が浅すぎて不安だ。
「会社まで、結構遠いんですね」
おまけに六千万の借金と、付きまとう柄の悪い男。
隣で呑気にあくびをしている顔とは全く、想像もつかない裏の顔があるということか。
「……苦痛だよ。職場は近いに限る」
だがしかし、今その一片が見えているのならそこから引きずり出してやらなければならない。そして、全て受け入れた上で解決をしてやるのが俺の使命だ。
だから、どうか何事も隠さないでほしい。
信用して、何から何まで全て、俺の知らない部分をさらけ出してほしい。
「広いですね!! わ、すごい。4部屋あるんですか? キッチンにリビングと奥2つ」
「うん」
俺は全く片付いていないテーブルの上のゴミや、書類や、特に灰をまずウエットティッシュ片手に掃除する。
「……何か飲む? コーヒーでいい?」
既に自らはサーバーで作っている。
「あ、いえ。何もいりません」
「コーヒー嫌い?」
「まあ」
依子は苦笑いしながら、大型テレビが主役を張るその対面したソファに促されるままに腰かけた。
「まあ、お茶くらい」
いくらなんでもそのうち喉が渇くだろうと、空けたばかりのボトルのお茶をグラスに注ぐ。
それでようやく準備が完全に整い、俺も隣にどすんと腰かけた。
慣れたコーヒーの味に、一気に心が落ち着く。
「質問したいけど、それよりも先に話せることを話してほしい」
真剣さをアピールするために真っ直ぐに射抜く。
予想通り依子はすぐに逸らすと、
「隠さなければいけないようなことは何もありません。最初からお話します」
と、グラスのお茶を一口飲んだ。