徹底的にクールな男達
♦(4/2)
「すっぱい物もいらないの? 少しは食べた方がいいんじゃないの? 何か買ってこようか?」

 新調したダブルベッドの側でスーツのままそう声をかけられても、「……いいです……」それしか出ない。

「ネットで見たら、無理して食べなくてもいいとは書いてあったけど……じゃあ、行ってくる。鍵は閉めとくから」

「……はい……」

 午前8時がきて、ようやく私は1人でゆっくりとした睡眠をとることができる。

 武之内が帰宅する時間は、今日はおそらく7時頃。シフト上は6時上がりで最近は定時過ぎには店を出ているようなので、時間が読みやすい。

 その11時間が、私にとって本当の自由な時間だ。

 ベッドはダブルで広いのだが、同じ布団で寝るとなんだか色々緊張して眠れない。

 腕枕をしたり腕を回されたりするが、気分が悪いといつも逃げている。

 結局セックスをしたのはあの一度だけで、キスもろくにしていない。

アフターピルを飲んだのに妊娠、結婚、出産準備。何から何まで重なりすぎて、何をする気にもなれない。

かろうじて、武之内が今までよりは優しいことが幸いか。
 
そうか、冷たく接すると私が反発して堕ろしてしまうことを心配してかもしれない……。

 そう考えると、今の弁当生活に文句を言わず黙っていることも納得できる。

立ち上がると吐き気がするのは本当なので、家事は何もせず日がな一日ベッドで眠っている。かろうじてアイパッドで遊んだり、少しテレビを見たりはするが。食欲もあまりないし、もともと手料理は苦手なので台所に立ったことはまだ一度もない。

 この先、2か月くらいして安定期に入ったら料理くらいはしなければと思う。それだけではない。掃除もして、仕事にも行かなければならない。

 それくらいして、当然だと思われているに違いない。

 今は、最初なので一時的に寛容になっているだけだろう。

 あれこれ考えているうちに、今日もすぐに夕方がきてしまう。

私はようやくベッドから出て、掃除もしていないリビングでテレビを見ながら武之内が用意してくれていたパンを、ぼんやりかじった。

 帰って来るまで後2時間。時計を見ては溜息をつくの繰り返しで、不安な気持ちだけが募っていく。




 それでもその日、少し体調が良かったので、武之内が仕事の帰りに買ってきてくれたおにぎりを少し食べた。

 武之内本人は仕出し屋の弁当を食べていた。数日前までは同じ物を2つ買ってきていたが、残飯になる事を知り、学習したらしかった。

「今日忙しかったですか?」

 テレビを見ながら、それに集中することなく、あえて仕事の話を持ち出すのはいつものことだ。

 それに対して武之内は、こんなクレームがあってこういう風に処理をして、どんな作業をしたかをわりと細かく話してくれる。まあ、それ以外に話すことがないし、お互い唯一事情が分かる事なので話しやすい。

「……今日福原に、奥さんにメールしても返ってこないんですけど、本当に元気なんですか? って聞かれたよ」

 少し視線を感じたので、あえてテレビの画面を見つめた。

「ああ……。面倒だったから。誰のメールにも返信してません」

 あれだけアンチ武之内だったのに、今更『本当に武之内店長と結婚したの!? 妊娠したの!? いつから付き合ってたの!? 嫌いって言ってたじゃん!? あれカモフラージュ!?』の問いには答えられない。

「あそう……」

 あそうって、自分から聞いてきたことなのに。まるで興味がないような返し方で、嫌いだ。

「吉沢に、生きてるんですよね? って聞かれたし、生死確認できるようなメールくらいしてほしいけど」

「真里菜が!? 」

 私は可笑しくて、つい声を出して笑った。真里菜がそう言う姿までリアルに思い浮かぶ。

「まあ福原のは放っておいてもいいと思うけど」

 武之内の口調が少し茶化した感じになったので、つい顔を見る。すると目が合って、穏やかな目と目が合って、驚いてすぐに逸らした。

「……福原は元彼? 」

 驚きの質問に、再び顔を見そうになったが、あえて耐える。

「…………」

 元彼ではない。だけど、身体を重ねた複雑な関係だ。

「まあ、だからってどうしたわけじゃないけど」

 察した武之内は勝手に誤解したが、かといって完全に解けはしない。

「でも心配してたのは確かだから」

 何が言いたいのかよく分からなかった。だからそれを終わらせるために、

「そうですか」

 それだけ相槌をして、お茶のおかわりを取りに行くために、立ちあがった。
 

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