徹底的にクールな男達
あり得ない切り替えし
♦
『はい』
その低い声を聞いた瞬間、まるで後ろから抱きしめられているような錯覚に陥るほど、身体が反応した。
「もしもし、依子です……」
苗字が変わっているせいで、麻見とは言えず、名前を言った。
『……、飯でも行くか?』
何も話をしていないのに、こちらの事を何も知らないはずなのに、どうして後藤田には何かが伝わってしまうのだろう。
「……うん、……行く」
『いつなら出られる?』
いつだっていい。そう思っているのに、
『何時まで1人でいられる?』
最大の配慮をしてくれる。
「……7時まで」
『分かった。場所は?』
「今は中央区のマンション」
『それなら2時から3時の間で。それで構わないか? 飯には少し時間が足りないが、お茶くらいなら時間がとれる』
「お茶なんていい。少し……話がしたい」
『ああ、お前の好きなように』
マンション近くの路地裏で、依子は黒塗りのセルシオの後部座席に乗り込んだ。
時刻は予定より少し早い1時50分。
「…………」
顔を見るなり、つい先日会ったばかりであることを思い出す。
後藤田もこちらの顔を見た後、全身を上から下まで確認すると
「堕ろしたのか?」
そう聞いた。
何で、一体……。
「顔つきが違う。食ってないな……」
何も言ってないのに。
後藤田はすぐに依子の頬に手を伸ばすと、軽く撫でた。
「り、流産した……」
目を見て答える。
「よくあることだ」
病院でも確かにそう言っていた。なのに、武之内にはあんなになじられた。
叩かれたことを思い出して、涙が流れる。
「離婚したい……」
俯いて内心を吐露する。
「結婚したばかりだろうが」
結婚したことは言っていない。なのに、後藤田は苦笑しながら大きな手で背中をさすった。
涙の粒がシートに幾粒も落ちた。
ここぞとばかりに後藤田に抱き寄せられ、「俺の所へ来い」そう言われる気がした。
いや、そう期待していた。
なのに、
「今は自分にできることを探せ」
出て来たのは、意外すぎる言葉だった。
思わず、顔を上げる。
「流産した今、何がしたい? 」
「離婚したい」
当然だとばかりにその答えを出した。後藤田もそれを臨んでいると思って。
なのに、
「そういう事ではない。自分自身に何ができるかということだ」
「何……分かんない」
正直にそう話す。
「仕事は?」
「今は有給とってる。後一か月くらいは身体休めてから……復帰かな……」
「ここから職場までは遠いな」
「……そうだね……。東都シティ本店が一番近いけど、どうかな……引っ越ししたから入れてもらえるかもしれないけど、あそこは精鋭ばっかりだから」
「そこへ、入りたくないか?」
「入れてくれるんですか?」
そう言われているものだと信じて聞いたら、
「何が」
笑いながら、指先で額を突かれた。
「いた……」
思わず掌で額を隠す。
「何でもいい。自分自身でできる事を探した方がいい。結婚というものは結局は相手に頼ることだ。それが嫌で離婚がしたいのなら、自立できるようにしておかないと、碌なことにはならない」
目が覚めるような思いだった。
確かにそうだと思う。今は、貯金も何もない。
だけど、後藤田ならそんな苦労をさせないのではないか。
「一生苦労させないと言ったのに、と言いたげだな」
顔に出ていたのかと、焦って伏せた。
「そうだ。俺の所へ来るのなら苦労はさせない。だがお前にはまだまるでその気がない。そういううちは同じなんだよ。何を並べても満足できない。満足させる下準備というもの大事なだけだ」
「下準備……」
私が、自分でしたいことを見つける……それが下準備……。
決して、悪いことではない。
「社長」
秘書は運転席から絶好のタイミングで割り込んでくる。
「悪いがそろそろ時間だ。今日は話ができて良かった。顔色が悪いのが心配だが。……今度会う時は食事の準備を整えておこう」
次の約束をとりつけられようとしているのに、全く嫌な気はおきず、むしろもっと会って話がしたいと思った。
「……ケーキが好き」
今食べたい物を言った。ケーキは好きだけど、ずっとそんな物欲しくなかった。だけど今は、無性に食べたい。
「とびきりの物を用意させよう」
「うん……」
依子はその切れ長の目をまっすぐに見つめる。
抱き締めてさらってほしい、そう思って車の中へ入り込んだのに、そんな気持ちはいつの間にか完全になくなり、後藤田に対しての絶大な信頼と尊敬が無限の限り広がっていた。
『はい』
その低い声を聞いた瞬間、まるで後ろから抱きしめられているような錯覚に陥るほど、身体が反応した。
「もしもし、依子です……」
苗字が変わっているせいで、麻見とは言えず、名前を言った。
『……、飯でも行くか?』
何も話をしていないのに、こちらの事を何も知らないはずなのに、どうして後藤田には何かが伝わってしまうのだろう。
「……うん、……行く」
『いつなら出られる?』
いつだっていい。そう思っているのに、
『何時まで1人でいられる?』
最大の配慮をしてくれる。
「……7時まで」
『分かった。場所は?』
「今は中央区のマンション」
『それなら2時から3時の間で。それで構わないか? 飯には少し時間が足りないが、お茶くらいなら時間がとれる』
「お茶なんていい。少し……話がしたい」
『ああ、お前の好きなように』
マンション近くの路地裏で、依子は黒塗りのセルシオの後部座席に乗り込んだ。
時刻は予定より少し早い1時50分。
「…………」
顔を見るなり、つい先日会ったばかりであることを思い出す。
後藤田もこちらの顔を見た後、全身を上から下まで確認すると
「堕ろしたのか?」
そう聞いた。
何で、一体……。
「顔つきが違う。食ってないな……」
何も言ってないのに。
後藤田はすぐに依子の頬に手を伸ばすと、軽く撫でた。
「り、流産した……」
目を見て答える。
「よくあることだ」
病院でも確かにそう言っていた。なのに、武之内にはあんなになじられた。
叩かれたことを思い出して、涙が流れる。
「離婚したい……」
俯いて内心を吐露する。
「結婚したばかりだろうが」
結婚したことは言っていない。なのに、後藤田は苦笑しながら大きな手で背中をさすった。
涙の粒がシートに幾粒も落ちた。
ここぞとばかりに後藤田に抱き寄せられ、「俺の所へ来い」そう言われる気がした。
いや、そう期待していた。
なのに、
「今は自分にできることを探せ」
出て来たのは、意外すぎる言葉だった。
思わず、顔を上げる。
「流産した今、何がしたい? 」
「離婚したい」
当然だとばかりにその答えを出した。後藤田もそれを臨んでいると思って。
なのに、
「そういう事ではない。自分自身に何ができるかということだ」
「何……分かんない」
正直にそう話す。
「仕事は?」
「今は有給とってる。後一か月くらいは身体休めてから……復帰かな……」
「ここから職場までは遠いな」
「……そうだね……。東都シティ本店が一番近いけど、どうかな……引っ越ししたから入れてもらえるかもしれないけど、あそこは精鋭ばっかりだから」
「そこへ、入りたくないか?」
「入れてくれるんですか?」
そう言われているものだと信じて聞いたら、
「何が」
笑いながら、指先で額を突かれた。
「いた……」
思わず掌で額を隠す。
「何でもいい。自分自身でできる事を探した方がいい。結婚というものは結局は相手に頼ることだ。それが嫌で離婚がしたいのなら、自立できるようにしておかないと、碌なことにはならない」
目が覚めるような思いだった。
確かにそうだと思う。今は、貯金も何もない。
だけど、後藤田ならそんな苦労をさせないのではないか。
「一生苦労させないと言ったのに、と言いたげだな」
顔に出ていたのかと、焦って伏せた。
「そうだ。俺の所へ来るのなら苦労はさせない。だがお前にはまだまるでその気がない。そういううちは同じなんだよ。何を並べても満足できない。満足させる下準備というもの大事なだけだ」
「下準備……」
私が、自分でしたいことを見つける……それが下準備……。
決して、悪いことではない。
「社長」
秘書は運転席から絶好のタイミングで割り込んでくる。
「悪いがそろそろ時間だ。今日は話ができて良かった。顔色が悪いのが心配だが。……今度会う時は食事の準備を整えておこう」
次の約束をとりつけられようとしているのに、全く嫌な気はおきず、むしろもっと会って話がしたいと思った。
「……ケーキが好き」
今食べたい物を言った。ケーキは好きだけど、ずっとそんな物欲しくなかった。だけど今は、無性に食べたい。
「とびきりの物を用意させよう」
「うん……」
依子はその切れ長の目をまっすぐに見つめる。
抱き締めてさらってほしい、そう思って車の中へ入り込んだのに、そんな気持ちはいつの間にか完全になくなり、後藤田に対しての絶大な信頼と尊敬が無限の限り広がっていた。