徹底的にクールな男達
5月
密かな決別
依子が出て行ってから1週間が過ぎた。
もともと、結婚への夢など持ち合わせてはいなかったが、まさかこんな風に2か月で離婚になるとは思いもしなかった。
結論としては、自分は依子をコントロールできない、と確信したからだ。
柳原との仲もあるし、あの後藤田とつながっているというのもある。葛西というやくざのことも、再び出てくるかもしれないし、それらを俺よりも大切にするという時点で、すべて、終わっているのだ。
子供が流産する前は、依子のことを愛そうと考えていたし、流産してもそれなりにはいろいろ考えた。
だが、その1つとして、離婚届というのがあったのは間違いない。
相手の出方次第ではやり直すということも、案としてはあったが、今はもはや不可能だ。
その離婚届はしかし、まだ出されていない……。
依子の職場復帰の書類や勤務店舗のことで人事部から連絡があるが、それを俺が受けるとややこしいことになる……そう思い、離婚届けは出したのか、昨日役所に確認した。
だが、まだ出てはいない。
「………」
いつ出すつもりなのか、まさか、出さないつもりなのか……。
色々、今手にしている書類のこともあるし、そのことがあるし、一度、連絡しておいた方がいい。
もう二度と連絡しないなんて、約束はしていないのだから。
武之内は、そう自分に言い聞かせると、もうすでに履歴の下の方になってしまっていた依子の電話番号を呼び出した。
今は、仕事の休憩中だが、どうせ長話になるはずもなく、書類の詳細のこととなると店長室からかけた方がいいに決まっているので、そのままかけた。
電波が入っていない。
まさか、おかしな状況にはなってないだろうな…その状態で絡むのだけは避けたい。
スマホをテーブルの上に置いたと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「入っても構いませんか?」
普段開け放されている店長室のドアが閉まっている時は、重要な話し合いか、もしくは、偶然閉まってしまった場合のみだ。
この時間のこのタイミングを偶然だと判断した、中津川は、そういう顔を覗かせる。
「あぁ……」
なんともなしに答えて、急ぎでもない書類に目を通すふりをする。
「武之内店長……依子、元気ですか?」
依子の友人でもあった中津川は、パイプ椅子に腰かけ、こちらも書類に目を通すふりをして聞いてくる。
もちろん周囲には誰もいない、絶好のタイミングだ。
「……1週間前に出て行った」
「え?」
驚かれ、言ったことを即後悔もしたが、止まらなかった。
「今は、電話も繋がらない」
「……………」
その間からは、次の一言が予想できなかったが、ただ黙って待った。
「復帰……しないんですか?」
良い質問だ。
「するって言ってた?」
目を合わせる。耳の小さなピアスがキラリと光った。
「言って、ましたけど、ご存知なかったんですか?」
さすがに怪訝な顔を見せた。
「いや、人事から聞いて知った」
「………」
中津川の表情は、更に険しくなる。
「……なかなか、うまくいかなくてね」
「……そうだったんですね……」
「意外だった?」
店の従業員とこの話をしたのは初めてだが、相手が中津川なので、だいたいは安心して質問を向けた。
「いや、うーん。うまくいってるって言われたら、意外だったかもしれませんけど」
中津川は少し雰囲気を変えようと、笑った。
「なるほどね」
やはり、最初から、嫌がられていたことは周知の事実だったようだ。
「でも、結婚するって決めたんだから、武之内店長にちゃんと決めたんだとは思いますけど」
「……子供が、うまくいかなかったからね……」
「……。うんまあ、そこはあんまり関係ない気がしますけど」
「……」
はたと思い出す。そうだ。子供、子供って言いすぎると言われたっけ……でも、実際子供は欲しかった……。
「依子は子供欲しいって言ってました?」
嫌な流れになってきたが、今更引きにくい。
「……どうかな……」
腕時計を見るふりをした。
「………、そろそろ、行きますね……」
中津川は見事に理解してくれる。
美人で仕事もできるし、文句のつけようがない。
いい女だ。
いい女というのは、こういう女のことなのかもしれない、とその誰もいなくなった部屋を見て、密かに思う。
考えを理解してくれる、というのは実に楽で居心地がいい。
もともと、結婚への夢など持ち合わせてはいなかったが、まさかこんな風に2か月で離婚になるとは思いもしなかった。
結論としては、自分は依子をコントロールできない、と確信したからだ。
柳原との仲もあるし、あの後藤田とつながっているというのもある。葛西というやくざのことも、再び出てくるかもしれないし、それらを俺よりも大切にするという時点で、すべて、終わっているのだ。
子供が流産する前は、依子のことを愛そうと考えていたし、流産してもそれなりにはいろいろ考えた。
だが、その1つとして、離婚届というのがあったのは間違いない。
相手の出方次第ではやり直すということも、案としてはあったが、今はもはや不可能だ。
その離婚届はしかし、まだ出されていない……。
依子の職場復帰の書類や勤務店舗のことで人事部から連絡があるが、それを俺が受けるとややこしいことになる……そう思い、離婚届けは出したのか、昨日役所に確認した。
だが、まだ出てはいない。
「………」
いつ出すつもりなのか、まさか、出さないつもりなのか……。
色々、今手にしている書類のこともあるし、そのことがあるし、一度、連絡しておいた方がいい。
もう二度と連絡しないなんて、約束はしていないのだから。
武之内は、そう自分に言い聞かせると、もうすでに履歴の下の方になってしまっていた依子の電話番号を呼び出した。
今は、仕事の休憩中だが、どうせ長話になるはずもなく、書類の詳細のこととなると店長室からかけた方がいいに決まっているので、そのままかけた。
電波が入っていない。
まさか、おかしな状況にはなってないだろうな…その状態で絡むのだけは避けたい。
スマホをテーブルの上に置いたと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「入っても構いませんか?」
普段開け放されている店長室のドアが閉まっている時は、重要な話し合いか、もしくは、偶然閉まってしまった場合のみだ。
この時間のこのタイミングを偶然だと判断した、中津川は、そういう顔を覗かせる。
「あぁ……」
なんともなしに答えて、急ぎでもない書類に目を通すふりをする。
「武之内店長……依子、元気ですか?」
依子の友人でもあった中津川は、パイプ椅子に腰かけ、こちらも書類に目を通すふりをして聞いてくる。
もちろん周囲には誰もいない、絶好のタイミングだ。
「……1週間前に出て行った」
「え?」
驚かれ、言ったことを即後悔もしたが、止まらなかった。
「今は、電話も繋がらない」
「……………」
その間からは、次の一言が予想できなかったが、ただ黙って待った。
「復帰……しないんですか?」
良い質問だ。
「するって言ってた?」
目を合わせる。耳の小さなピアスがキラリと光った。
「言って、ましたけど、ご存知なかったんですか?」
さすがに怪訝な顔を見せた。
「いや、人事から聞いて知った」
「………」
中津川の表情は、更に険しくなる。
「……なかなか、うまくいかなくてね」
「……そうだったんですね……」
「意外だった?」
店の従業員とこの話をしたのは初めてだが、相手が中津川なので、だいたいは安心して質問を向けた。
「いや、うーん。うまくいってるって言われたら、意外だったかもしれませんけど」
中津川は少し雰囲気を変えようと、笑った。
「なるほどね」
やはり、最初から、嫌がられていたことは周知の事実だったようだ。
「でも、結婚するって決めたんだから、武之内店長にちゃんと決めたんだとは思いますけど」
「……子供が、うまくいかなかったからね……」
「……。うんまあ、そこはあんまり関係ない気がしますけど」
「……」
はたと思い出す。そうだ。子供、子供って言いすぎると言われたっけ……でも、実際子供は欲しかった……。
「依子は子供欲しいって言ってました?」
嫌な流れになってきたが、今更引きにくい。
「……どうかな……」
腕時計を見るふりをした。
「………、そろそろ、行きますね……」
中津川は見事に理解してくれる。
美人で仕事もできるし、文句のつけようがない。
いい女だ。
いい女というのは、こういう女のことなのかもしれない、とその誰もいなくなった部屋を見て、密かに思う。
考えを理解してくれる、というのは実に楽で居心地がいい。