徹底的にクールな男達

8/9 前上長だからこそ


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 速足でレジカウンターに近づくと、一台のレジが点検清算中で閉まっており、慌ててフォローに回った。

「さっきのイケメン、彼氏?」

 ウェーブしたロングヘアがとても印象的な1つ下の後輩、吉沢真里菜(よしざわ まりな)が清算作業しながらにやにやと笑った。

「違うよ……学生の頃からの知り合い」

「なあんだ…………、うわっ、1円足りない……」

 吉沢はすぐに画面を見ながら、数えた現金とレジで実際に打った金額が間違っていたことを丁寧に追究し始める。このたった1円の誤差が、銀行窓口でもないのに大変なのだ。

「麻見さん」

 前方から、おそらく駐車場から帰ったばかりの武之内店長に呼ばれて、ぎくりとする。先ほどの総悟との私語、時間が少し長かったことは自覚していた。

 吉沢から少し離れて、武之内の方に寄った。

「契約の仕方、分かるかな」

「えっ? 契約、ですか? 」

「そう。ショッピングクレジットの契約。分割で支払いたい方に向けてのご案内。レジの人が少ししてくれると助かるんだけど」

 武之内の顔は穏やかで何も読み切れず、麻見はただ黙った。

 ショッピングクレジットの契約とは、分割金額の計算方法や用紙の記入の仕方など、普段のレジ入力とは全く違う業務で、それなりに勉強しなければ客の前で急に案内することは難しい。

「うん」

 しかも、それだけ言うと、武之内は去ってしまう。

「何々? クレジットの契約? 難しそう。私、分かんないし」

 背後でこっそり聞いていた吉沢が不安そうな表情を見せた。

「私も……。あの、貴志(きし)さん」

 吉沢が点検しているレジの誤差に気付いて寄って来た貴志に、麻見は話しかけた。

「クレジットの契約をしてほしいって武之内店長に言われたんですけど……」

「そうね」

 既に40歳を超えて独身の貴志 弓子(きし ゆみこ)は全女子社員リーダーと言っても過言ではない。自らは準社員でありながらも、往年の輝きとハキハキした物言いで正社員までまとめてしまうから恐ろしい女だ。

 その貴志と、そこそこ良い関係が築けていると信じている麻見は、ここぞとばかりに貴志の力を頼ったのだった。

「用紙なんていくらでもあるからそれ実際に使ってみて。この見本見て自分が契約するつもりで書いてみたら?」

 ラミネートされた見本を即2部コピーし、新しい用紙2部とともに手渡してくれる。

「ありがとうございます」

 手に用紙が渡った瞬間、ほのかに香水の香りがした。

 見た目は40歳年相応だが、それでもクールな顔つきを更に鋭くさせるワンレンの肩上まで伸ばした黒いストレートの磨いたようなつややかなボブカットがさらりと揺れる。

「店長にどんな風に言われた?」

 貴志は更に、問いかけてくる。

「……、ただ、契約の仕方分かる? って」

「できた方がいいのは確かよね。契約の人が塞がっててこっちが空いてたらフォローできるし」

 しかし、こちらだって人数が多いわけではなく、人が減って困るのに……。

 咄嗟にそう思ったが、もちろん黙っておく。

「家に帰って、勉強します。コピーありがとうございました」

「ううん。……慣れればできるわよ」

 細身の肩を揺らしながら遠ざかって行く貴志に向かって溜息を吐きだしてから、持ち場に戻る。よく見れば、帰って少し勉強すればなんとかなりそうだ。記入見本はすぐあるので、社用の手帳に計算方法だけメモしておけば大丈夫という程度か。

 だけど、本当にそんな準備をする必要があるのだろうか。おそらく、機会はほぼないに違いないのに。

 そんな年数回のために、準備する必要があるのか。

 柳原に指示されなかったことなのに、今更、店長が変わったからといって、本当にやる必要があるのだろうか。

 少し離れた場所で立つ、長身で細身の武之内の背中を見て、思う。

 ベテランの柳原ではない、新参者の意見を鵜呑みにして良いのだろうか。



『……いざという時のためにやればいい。機会はあまりないだろうけど』

 合間で、煙草をふかしているのが分かる。電話の声は少し遠く、イヤホンマイクを使っているらしかった。

「ですよね。でも今してもきっと忘れますよ。それに、こっちがあっちフォローして、こっちの人数が減って、また違う方からフォローもらってたら何にもならないし」

 10時閉店後すぐに柳原に電話をかけたが繋がらず、折り返しかかってきたのは11時半だった。帰宅途中の車内から遅くに電話をかけたことを先に詫びられ逆に申し訳ない気持ちになったが、話がしたかったのだから仕方がない。

『まあ、そうだな。確かに俺がいた時はそう思ったから、契約関係をフォローする指示は出さなかった。だけどまあ、武之内さんがそう言うんならしっかりやった方がいい』

「……、はい」

『……今日はもう寝ろよ。12時過ぎてる』

「あ、すみません。ありがとうございました。電話かけるのが遅くなってしまって」

『それはいいけど。俺も早く帰って寝ないとな。明日は勉強会の参加希望締切日だし。用事もたくさんある』

「へえ……そうなんですか」

『全店回覧資料見てないのか? 何の勉強会か知ってるか?』

「……」

『大手メーカー主催の勉強会だよ』

「机に向かって勉強ですか?」

『内覧形式だ、展示品見て回るやつだよ』

「……場所ってどこですか?」

『国際ホテルの広間、食事付きだよ。麻見も参加するか?』

「え……」

『休みなら参加しとけ』

「ええ!! そっんな、いつですか!?」

『28』

「あぁ……休みです」

『なら丁度いいじゃないか。締切は明日だからまだ間に合う』

「……、どっどんな感じですか? 内覧って……何?」

『新製品展示会。壁に沿って展示してあるから、そのコーナーコーナーに行って、担当者に詳しく話を聞く』

「無理です!! ハードル高い!! そもそも商品のことなんて全然知らないし!! 知らない人に知らない話聞いても、全然分からないし……」

『そうか?』

「誰か一緒に行ってくれる人探さないと……」

『俺が行くのは11時くらいかな。遅れないように心がける』

「……、あ、そうなんですか……」

『じゃあな、参加リストに名前書いとけよ』

「あ、はい」

 最後、急ぎ足で電話は簡単に切れた。

 11時に一緒に勉強会。しかも、その後食事!?

 そういえば、ホテルの最上階でランチが出るとか聞いたことがある。

 白いテーブルで、2人きりでランチを囲んで……構図は限りなくデートに近い。柳原と食事……。

 今考えれば目つきは鋭いが顔立ちは整ったイケメンの部類だ。滅多にないが、度を越した時は言葉遣いが荒くなるし、柔らかな雰囲気があまりないが、早出世で仕事熱心なところは憧れている人も多い。

 一緒に働いていた時はむしろ苦手だったのに、今は全く嫌な存在ではない。

「…………、シックなワンピ……買いに行かなきゃ」
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