それでも、課長が好きなんです!
怒られて、頭を下げて謝る毎日。
何度も挫折して会社を辞めたいって思ったけど、最後のその決断を下すまでには至らなかった。それは、怒られてばかりだったけど穂積さんは決して不条理なことは言ったりしなかったからだ。
厳しくて冷たい言葉ばかり浴びせられたけど、全部自分に非があるのだと納得のできることばかりだった。
人格を否定するような酷い言葉を浴びせられたこともない。「もう辞めちゃえよ」って自分でも言われてもおかしくないって思うほど出来なかったのに、絶対にそんなこと言わなかったし呆れながらも何度も指導してくれた。
仕事の出来ない自分が情けなくて悔しくて落ち込んで泣くことはあったけど、自分以外の誰かに悔しい思いをして泣くことはほとんどなかった。
だから何度も何度も、もう一度がんばってみようって思えた。
一年ほど前だったと思う。
他人のミスを押し付けられたことがあった。
ミスした本人も、わたしだったら十分にありえる話だと周りも納得すると考えたのだと思う。「わたしじゃない」と訴える暇もなく、すぐにみんなミスした本人が誰だとかそういう話よりもそのミスをカバーしようと意識はそちらに集中してしまった。
仕事をしていく上では当たり前のことだとは思うけど、このときは悔しかった。でも後日寺島さんに相談という名の愚痴をこぼすと、寺島さんがチームのみんなの誤解をといてくれて無事解決。
別件で穂積さんに呼び出されたわたしは彼から珍しく業務以外の質問を受けた。
「どうしてミスしたのは自分ではないと言わなかった?」
言う暇がなかった、これが理由だ。
あとは……
今、散々失敗して怒られてばかりでそれでも会社を辞めなかったのは、穂積さんが諦めず見捨てずに面倒を見てくれた……とか言ってきたけど。
一番は、自分の打たれ強さにあると思っていた。
「あの、最初はすごく悔しかったのですが……時間が経つにつれて数多いわたしの失敗のたった一つが増えたと思えばたいしたことないかな~って思えてきてしまって……一個や二個増えても変わらないかな~って…あはは……」
馬鹿正直に答え、しかも空笑まで浮かべてしまったわたしは確実に雷を落とされると覚悟した。
ふざけているのか、と。
はぁ、と溜息が漏れる音が聞こえてビクリと肩を震わすと、溜息に続いて今度はふっと小さく笑った。
ゆっくりと顔を上げると目の前に、瞳を伏せ口もとに穏やかな笑みを浮かべる穂積さんの姿があった。
伏せた瞳をそのまま軽く瞑ると「ほんとおまえには呆れる」と言ってもう一度小さく噴き出した。控えめな笑みだったけれど、穂積さんの笑った柔らかな表情を見たのは初めてだった。怒られるときよりも緊張して身が固まってしまった。
いつも厳しい表情で近寄りがたい雰囲気の彼がほほ笑んだ甘いマスクに、そのギャップに思わず赤面してしまった。このとき、わたしの反応に気がついた穂積さんの顔も僅かに色づいて見えたのは気のせいだったのだろうか。
ゴホンと一度強めの咳払いをすると穂積さんの表情はもとの厳しい上司の顔に戻った。
この日からだったと思う。
同じことが繰り返されるつまんなかった日々が180度変わったかのように楽しく思えるようになったのは。
ただ彼に脅えていた頃には気がつけなかった仕事中の優しさや気づかいを、時々ほんの少しでも感じれるようになると好きと言う気持ちが膨らんでいった。
自分の恋心に気がつくきっかけはあの笑顔だったけれど、わたしはもしかしたら自分でも気がつかないうちにとっくに彼に恋に落ちていたのかもしれない。
怒られて落ち込む日々だったけれど、会社を辞めなかったのは穂積さんが理不尽に怒ったりしなかったからだけではない。自分が打たれ強いからでもない。
何度失敗しても彼に認めてもらいたくて一生懸命になっていたからだ。仕事にも、恋にも。わたしは恋に落ちていた。
何度も挫折して会社を辞めたいって思ったけど、最後のその決断を下すまでには至らなかった。それは、怒られてばかりだったけど穂積さんは決して不条理なことは言ったりしなかったからだ。
厳しくて冷たい言葉ばかり浴びせられたけど、全部自分に非があるのだと納得のできることばかりだった。
人格を否定するような酷い言葉を浴びせられたこともない。「もう辞めちゃえよ」って自分でも言われてもおかしくないって思うほど出来なかったのに、絶対にそんなこと言わなかったし呆れながらも何度も指導してくれた。
仕事の出来ない自分が情けなくて悔しくて落ち込んで泣くことはあったけど、自分以外の誰かに悔しい思いをして泣くことはほとんどなかった。
だから何度も何度も、もう一度がんばってみようって思えた。
一年ほど前だったと思う。
他人のミスを押し付けられたことがあった。
ミスした本人も、わたしだったら十分にありえる話だと周りも納得すると考えたのだと思う。「わたしじゃない」と訴える暇もなく、すぐにみんなミスした本人が誰だとかそういう話よりもそのミスをカバーしようと意識はそちらに集中してしまった。
仕事をしていく上では当たり前のことだとは思うけど、このときは悔しかった。でも後日寺島さんに相談という名の愚痴をこぼすと、寺島さんがチームのみんなの誤解をといてくれて無事解決。
別件で穂積さんに呼び出されたわたしは彼から珍しく業務以外の質問を受けた。
「どうしてミスしたのは自分ではないと言わなかった?」
言う暇がなかった、これが理由だ。
あとは……
今、散々失敗して怒られてばかりでそれでも会社を辞めなかったのは、穂積さんが諦めず見捨てずに面倒を見てくれた……とか言ってきたけど。
一番は、自分の打たれ強さにあると思っていた。
「あの、最初はすごく悔しかったのですが……時間が経つにつれて数多いわたしの失敗のたった一つが増えたと思えばたいしたことないかな~って思えてきてしまって……一個や二個増えても変わらないかな~って…あはは……」
馬鹿正直に答え、しかも空笑まで浮かべてしまったわたしは確実に雷を落とされると覚悟した。
ふざけているのか、と。
はぁ、と溜息が漏れる音が聞こえてビクリと肩を震わすと、溜息に続いて今度はふっと小さく笑った。
ゆっくりと顔を上げると目の前に、瞳を伏せ口もとに穏やかな笑みを浮かべる穂積さんの姿があった。
伏せた瞳をそのまま軽く瞑ると「ほんとおまえには呆れる」と言ってもう一度小さく噴き出した。控えめな笑みだったけれど、穂積さんの笑った柔らかな表情を見たのは初めてだった。怒られるときよりも緊張して身が固まってしまった。
いつも厳しい表情で近寄りがたい雰囲気の彼がほほ笑んだ甘いマスクに、そのギャップに思わず赤面してしまった。このとき、わたしの反応に気がついた穂積さんの顔も僅かに色づいて見えたのは気のせいだったのだろうか。
ゴホンと一度強めの咳払いをすると穂積さんの表情はもとの厳しい上司の顔に戻った。
この日からだったと思う。
同じことが繰り返されるつまんなかった日々が180度変わったかのように楽しく思えるようになったのは。
ただ彼に脅えていた頃には気がつけなかった仕事中の優しさや気づかいを、時々ほんの少しでも感じれるようになると好きと言う気持ちが膨らんでいった。
自分の恋心に気がつくきっかけはあの笑顔だったけれど、わたしはもしかしたら自分でも気がつかないうちにとっくに彼に恋に落ちていたのかもしれない。
怒られて落ち込む日々だったけれど、会社を辞めなかったのは穂積さんが理不尽に怒ったりしなかったからだけではない。自分が打たれ強いからでもない。
何度失敗しても彼に認めてもらいたくて一生懸命になっていたからだ。仕事にも、恋にも。わたしは恋に落ちていた。