それでも、課長が好きなんです!
打ち上げは、本社から徒歩で五分ほどのところにある三階建ての小さな営業所の屋上で行われた。
総務からバーベキューセットを借りて、食材や飲み物は近くのスーパーで調達した。今日はわたしたちの課だけではなく他の課の社員も参加して大人数で賑やかだ。
「どうしたの~? 瀬尾さん、今日は飲みっぷりが悪いわよぉ!?」
酔っぱらった寺島さんが両手に缶ビールを持ち絡んでくる。片方のビールを受け取りはしたけど、飲む気にはなれなかった。先輩には悪いけど、今日はあまり絡まないでほしい。
「飲むと全然酔ってないのに顔が赤くなるんで」
「はぁ? 何言ってんの~?」
ちらっと斜め前方で後輩と談話をする穂積さんに視線を向けてみたが、まったく聞こえていないようだった。仕事の時とは違いネクタイもはずしてリラックスした様子で笑顔も見せている。
……いいな、あんなにも気を許した笑顔向けられたことないんですけど。
つい数秒前まで強気だった気持ちが急激に落ち込む。
意志が揺らぎそうになる。
そもそも、意志ってなんだ?
なんでわざわざ振られに行こうとしているんだろう。
集まってくる後輩に缶ビールを手渡されて歯を見せ笑顔で「ありがとう」と言っている。その表情に胸がキュンとときめいて、これから先のことを思うと切ない思いにぎゅっと締めつけられる。
そうだ、振られに行く理由は苦しいからだ。
ちょっと前までは恋をして毎日が楽しかったのに、あの夜を境に苦しくなってしまったからだ。
自分でまいた種だ、自分で決着つけなくちゃ。
打ち上げがお開きになり片づけを終えたのは終電ギリギリの時間だった。電車組の社員は慌ただしく帰宅して行く。徒歩、タクシー組はゆっくりと営業所を出て固まって帰宅をする。
そして徒歩組のわたしは最後、穂積さんとふたりきりになる。
「穂積さんって、仕事のときは人が寄りつかないのに仕事以外のときは、意外とモテますね」
「なんだ、イヤミか」
「め、めっそうもない」
わたしもそうだ。
会社の外では少しの肩の力を抜いて話すことが出来る。
……ドキドキするのには、変わらないけれど。
他愛のない会話をしているうちに、自分のマンションへ続く最後の曲がり角へ到着。
穂積さんのマンションは逆方向。
ここでお別れだ。
「あと数分のところだが、送るよ」
「今日はわたし、ほぼシラフです」
「……だから何だ」
街灯が四方から照らす十字路で向かい合う。
お酒の影響で僅かに頬が色づいているように見えるが、わたしを見据える穂積さんの瞳からは相変わらず少しの冷たさと厳しさを感じる。最初は苦手だったけど、今は……
「わたし、穂積さんのことが好きです。ずっと前から」
「また……」
「酔ってないです。本気なんです。……だから」
急激に高鳴る胸の鼓動に息が苦しい。胸が痛いくらいだ。
一息吐いて、無理矢理不自然な笑顔を作った。
「だから、ちゃんと受け取ってください。それで……ダメならダメでいいから、すまないなんて分かりにくい答えじゃなくてはっきりとした分かりやすい返事を聞かせてください」
言えた。
まだ肝心の答えを聞いていないのに、なぜか少しずつ鼓動が落ち着いてくるのを感じた。
それは多分、穂積さんの答えはきっと……
「気持は分かった。でも俺は……瀬尾の気持ちには応えられない。本当ににすま」
「謝らないでください!」
大声を出したからか急に乱れ出す呼吸を必死に落ち着けると「何回も謝られると悲しくなります」と言って、笑った。
穂積さんはそれ以上は何も言わなかった。
「明日からは、またダメな部下に戻るんで! ……無視、しないでくださいね?」
笑顔を作るのが苦しくなってきて、ついには唇が震え出した。
「もう二度と、困らせるようなこと言いません!」
この日最後の笑顔を見せると背を向けて自分のマンションの方角へ向かって駆け出した。
制止する声が聞こえたような気がしたけど、聞こえないふりをした。そして表情が相手に見えない位置まで走ってから振り返って「さよなら! おやすみなさい」と言って再び走った。
部屋のドアを開けて中に入ると玄関に倒れ込むように座り込んだ。頬を伝う温かいものに気がついたのはこのときだった。
明るさだけが取り柄のわたしが涙を流すときは、大抵一つの恋が終わったとき。あぁ、とうとう流れてしまった。
さらに数日後、会社から他部署への異動を命じられた。
もうこの恋はない、諦めなさいって……これは神様からお告げ?
でも、今のわたしにとっては好都合。だってこれならきれいさっぱり忘れられそうじゃない?
失恋したからって人生が終わるわけじゃない。振り返るもんか、前を向いてみせる!
瀬尾千明、二十五歳。まだまだこれからよ。
総務からバーベキューセットを借りて、食材や飲み物は近くのスーパーで調達した。今日はわたしたちの課だけではなく他の課の社員も参加して大人数で賑やかだ。
「どうしたの~? 瀬尾さん、今日は飲みっぷりが悪いわよぉ!?」
酔っぱらった寺島さんが両手に缶ビールを持ち絡んでくる。片方のビールを受け取りはしたけど、飲む気にはなれなかった。先輩には悪いけど、今日はあまり絡まないでほしい。
「飲むと全然酔ってないのに顔が赤くなるんで」
「はぁ? 何言ってんの~?」
ちらっと斜め前方で後輩と談話をする穂積さんに視線を向けてみたが、まったく聞こえていないようだった。仕事の時とは違いネクタイもはずしてリラックスした様子で笑顔も見せている。
……いいな、あんなにも気を許した笑顔向けられたことないんですけど。
つい数秒前まで強気だった気持ちが急激に落ち込む。
意志が揺らぎそうになる。
そもそも、意志ってなんだ?
なんでわざわざ振られに行こうとしているんだろう。
集まってくる後輩に缶ビールを手渡されて歯を見せ笑顔で「ありがとう」と言っている。その表情に胸がキュンとときめいて、これから先のことを思うと切ない思いにぎゅっと締めつけられる。
そうだ、振られに行く理由は苦しいからだ。
ちょっと前までは恋をして毎日が楽しかったのに、あの夜を境に苦しくなってしまったからだ。
自分でまいた種だ、自分で決着つけなくちゃ。
打ち上げがお開きになり片づけを終えたのは終電ギリギリの時間だった。電車組の社員は慌ただしく帰宅して行く。徒歩、タクシー組はゆっくりと営業所を出て固まって帰宅をする。
そして徒歩組のわたしは最後、穂積さんとふたりきりになる。
「穂積さんって、仕事のときは人が寄りつかないのに仕事以外のときは、意外とモテますね」
「なんだ、イヤミか」
「め、めっそうもない」
わたしもそうだ。
会社の外では少しの肩の力を抜いて話すことが出来る。
……ドキドキするのには、変わらないけれど。
他愛のない会話をしているうちに、自分のマンションへ続く最後の曲がり角へ到着。
穂積さんのマンションは逆方向。
ここでお別れだ。
「あと数分のところだが、送るよ」
「今日はわたし、ほぼシラフです」
「……だから何だ」
街灯が四方から照らす十字路で向かい合う。
お酒の影響で僅かに頬が色づいているように見えるが、わたしを見据える穂積さんの瞳からは相変わらず少しの冷たさと厳しさを感じる。最初は苦手だったけど、今は……
「わたし、穂積さんのことが好きです。ずっと前から」
「また……」
「酔ってないです。本気なんです。……だから」
急激に高鳴る胸の鼓動に息が苦しい。胸が痛いくらいだ。
一息吐いて、無理矢理不自然な笑顔を作った。
「だから、ちゃんと受け取ってください。それで……ダメならダメでいいから、すまないなんて分かりにくい答えじゃなくてはっきりとした分かりやすい返事を聞かせてください」
言えた。
まだ肝心の答えを聞いていないのに、なぜか少しずつ鼓動が落ち着いてくるのを感じた。
それは多分、穂積さんの答えはきっと……
「気持は分かった。でも俺は……瀬尾の気持ちには応えられない。本当ににすま」
「謝らないでください!」
大声を出したからか急に乱れ出す呼吸を必死に落ち着けると「何回も謝られると悲しくなります」と言って、笑った。
穂積さんはそれ以上は何も言わなかった。
「明日からは、またダメな部下に戻るんで! ……無視、しないでくださいね?」
笑顔を作るのが苦しくなってきて、ついには唇が震え出した。
「もう二度と、困らせるようなこと言いません!」
この日最後の笑顔を見せると背を向けて自分のマンションの方角へ向かって駆け出した。
制止する声が聞こえたような気がしたけど、聞こえないふりをした。そして表情が相手に見えない位置まで走ってから振り返って「さよなら! おやすみなさい」と言って再び走った。
部屋のドアを開けて中に入ると玄関に倒れ込むように座り込んだ。頬を伝う温かいものに気がついたのはこのときだった。
明るさだけが取り柄のわたしが涙を流すときは、大抵一つの恋が終わったとき。あぁ、とうとう流れてしまった。
さらに数日後、会社から他部署への異動を命じられた。
もうこの恋はない、諦めなさいって……これは神様からお告げ?
でも、今のわたしにとっては好都合。だってこれならきれいさっぱり忘れられそうじゃない?
失恋したからって人生が終わるわけじゃない。振り返るもんか、前を向いてみせる!
瀬尾千明、二十五歳。まだまだこれからよ。