それでも、課長が好きなんです!
 夕飯を済ませコーヒーを用意するとデザートは佑輔君の持ってきてくれたドーナツ。
 目の前でドーナツを頬張る佑輔君を無意識に見つめていた。
 コーヒーカップを口につけた佑輔君がわたしの視線に気づいたのか視線だけをこちらへ向け「なに?」と言った。
 わたしは「いえ、別に」と言いドーナツを一つ手に持った。

「いただきます」
「……千明、なんかあった?」
「え?」
「もっと、嬉しそうな顔すると思ったんだけど」

 佑輔君は「だってこのドーナツ、食べたくて仕方がないって言ってたやつだろ?」と言いコーヒーを一口飲むとカップをテーブルの上に置いた。
 食べたくて仕方がないって……この間一緒にいた時、お店を特集したテレビ番組を見ていてそう呟いたかもしれない。
 いや、呟いたどころではなく興奮して語っていた。
 ……覚えていたんだ。
 
「ありがとう……ございます。すいません、わざわざ……」
「やっぱ、元気ない」

 テーブルを挟んで乗りだした佑輔君の顔が急に近付いて、反射的に身体を後ろに逸らして手を絨毯の上についた。
 少し接近されるだけでここまで反応してしまうのは、一度同意なしにキスをされているからに違いない。

「俺、千明の活き活きした明るい表情が好きなのに」
「え?」
「何があった? 力になれないだろうけど話しだけなら聞いてもいいよ」
「……話しも聞かずに力になれないと断言された相手に相談しようと思います?」
「なれない」

 佑輔君の笑い声と笑顔につられて顔が緩む。
 本当に、不思議な人だ。
 嫌いではない。
 もともと柏木佑輔という俳優は特別好きなわけではなかったけれど、
 ドラマや映画で見た時は何度もその瞬間だけスクリーンの中の、役の彼にときめきを覚えた。
 実物は、思い描いていたような人物ではなかったし最初はつかめない性格に正直戸惑ったけど慣れれば親しみやすい。

「話せば楽になることもあるじゃん?言ってみなさい」

 相談を受けると言っておきながら、テレビのリモコンを操作しようとしている佑輔君を見たら気が抜けた。
 綾川京子と穂積さんのこと、聞いてみたい気もするけど……いきなり聞くのも変だし、こんなことに悩むのも馬鹿らしい気もしてきた。
 女々しいよ。
 第一、落ち込んでばかりなんて自分らしくない。

 わたしは手に持ったままになっていたドーナツを大きな口で一口いただいた。

「おっ……おいしぃぃぃ~っ!」

 ドーナツとは思えないフワフワの食感と、ドーナツをコーティングしているシロップの甘さに思わず片手で頬を覆った。
 うんと目を見開いて感動に瞳を潤ます。

「美味いだろ?」

 わたしの反応に瞳を細め、唇を噛んで表情全体で喜びを表している、そんな笑顔。
 なんて嬉しそうな顔するの、……もっと、喜んでやろうかな。

「このドーナツだけで一生生きていける!!」
「いや、それは嘘だろ」
「……」

 はずした!
 でも、目を合わせたらもう一度笑ってくれた。
 それはドラマでも映画でも見たことがない、柏木佑輔の澄んだ笑顔。

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