それでも、課長が好きなんです!
暖かい室内から急に屋外へと出ると、その温度差に身が凍える。
ミゾレのような小粒の雨が、肌に落ちるとさっと溶けてなくなる。
弱い雨に傘を差さずに歩く人が先ほどと変わらず目につく。
でも雨粒に色が加わるようになると、少しだけその歩く足の速度も早まっているように見えた。
屋外に設置された喫煙所に数人はいたタバコをふかし談笑をしていた人々も、再び戻ってみるとベンチに座るただ一人になっていた。
冷めきった缶コーヒーを手に封も切らず握りしめ、先ほど遠目から見た時とまったく同じ姿勢でただ前方の地面を見つめていた。
「風邪、引いちゃいますよ?」
ピクリとも動かなかった身体が、わたしの声に反応して一度瞬きをした。
真横に立ち傘を差し出すわたしを見上げて、わたしの姿を確認すると再び前を向いた。
そしてそのまま一言も発することなく、沈黙。
やっぱり、おせっかいだったかな。
急に沸き上がってくる焦りの混じった動揺に身体が熱くなる。
「たまたま、通りがかったんです。ちょうど今お使いの帰りで……たまたま、穂積さんが見えたから」
意味のない、言い訳だった。
偶然を装ってみたけれど、なぜか虚しくなるだけだった。
「この寒空の下、そんな薄着とスリッパで行く使いってどこなんだろうな」
その上、簡単にわたしの言葉は嘘だとばれてしまった。
自席に常備してあるカーディガンすら羽織らずに飛び出してきてしまった。
穂積さんの言うスリッパと言うのは事務用のナースシューズだった。
堪らなく恥ずかしくて、この場を逃げ出したい衝動に駆られ手に持つ傘を地面に置いた。
「まだここにいるなら、使ってください」
しゃがんだ身体を起こし、すぐにその場を立ち去ろうとした。
でも突然、驚くほど冷えた手に手首を掴まれて背を向けたまま動けなくなった。
自分の身体の熱を一気に奪い去ってしまいそうな冷たさに、僅かに身が震えた。
振り返るとベンチからわたしを見上げる穂積さんと目が合った。
手はこんなにも冷たいのに、瞳は熱がこもって揺れているように見えた。
いつだったか、同じ状況で見下ろしているのは自分の方なのに見下ろされているみたいだと感じたことがあった。
でも今はあの時感じたような威圧感も、恐怖心はもちろん感じられない。
ただ寂しげに何かを訴えているように見えるのは、わたしの気のせいだろうか。
ほんの一瞬触れ合った手はすぐに離れ、傘を持って立ち上がった穂積さんの影で視界が薄暗くなる。
「傘は、いい」
差し出された傘を受け取る。
ほんの一瞬外気に触れた取っ手は、あっという間に冷たくなっていた。
冷え切った穂積さんの手の温もりも感じられない。
言葉が出ず、俯くことしかできなかった。
やっぱり、迷惑だよね。
行き場のないモヤモヤした感情が高ぶって、情けなくて、泣きたくなった。
終わって一度涙を流した恋に、簡単に二度目の涙なんて出ないけどさ。
唇を噛み締め、顔を上げた瞬間だった。
「ありがとう」
囁くような儚い声だったが、たしかに耳に響いた。
穂積さんが立ち去る気配と同時だった。
表情は見えなかったけど、気持ちのこもった温かさを感じた。
去りゆく足音に振り返ることは出来なかった。
胸が痛くて息苦しいけど。
冷えた空気は肌に刺さって痛みを感じるほどに冷たいけれど。
身体の中は熱くなった。
ありがとうのたった一言が、ただただ、嬉しかったんだ。
事務所へ戻ると「急にどうしたの!?」と、先ほど合コンの誘いの話を途中で中断させてしまった先輩が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、やっぱり今日……」
こんな気持ちでは合コンへは行けない。
でも別に、行きたいところが出来た。
ミゾレのような小粒の雨が、肌に落ちるとさっと溶けてなくなる。
弱い雨に傘を差さずに歩く人が先ほどと変わらず目につく。
でも雨粒に色が加わるようになると、少しだけその歩く足の速度も早まっているように見えた。
屋外に設置された喫煙所に数人はいたタバコをふかし談笑をしていた人々も、再び戻ってみるとベンチに座るただ一人になっていた。
冷めきった缶コーヒーを手に封も切らず握りしめ、先ほど遠目から見た時とまったく同じ姿勢でただ前方の地面を見つめていた。
「風邪、引いちゃいますよ?」
ピクリとも動かなかった身体が、わたしの声に反応して一度瞬きをした。
真横に立ち傘を差し出すわたしを見上げて、わたしの姿を確認すると再び前を向いた。
そしてそのまま一言も発することなく、沈黙。
やっぱり、おせっかいだったかな。
急に沸き上がってくる焦りの混じった動揺に身体が熱くなる。
「たまたま、通りがかったんです。ちょうど今お使いの帰りで……たまたま、穂積さんが見えたから」
意味のない、言い訳だった。
偶然を装ってみたけれど、なぜか虚しくなるだけだった。
「この寒空の下、そんな薄着とスリッパで行く使いってどこなんだろうな」
その上、簡単にわたしの言葉は嘘だとばれてしまった。
自席に常備してあるカーディガンすら羽織らずに飛び出してきてしまった。
穂積さんの言うスリッパと言うのは事務用のナースシューズだった。
堪らなく恥ずかしくて、この場を逃げ出したい衝動に駆られ手に持つ傘を地面に置いた。
「まだここにいるなら、使ってください」
しゃがんだ身体を起こし、すぐにその場を立ち去ろうとした。
でも突然、驚くほど冷えた手に手首を掴まれて背を向けたまま動けなくなった。
自分の身体の熱を一気に奪い去ってしまいそうな冷たさに、僅かに身が震えた。
振り返るとベンチからわたしを見上げる穂積さんと目が合った。
手はこんなにも冷たいのに、瞳は熱がこもって揺れているように見えた。
いつだったか、同じ状況で見下ろしているのは自分の方なのに見下ろされているみたいだと感じたことがあった。
でも今はあの時感じたような威圧感も、恐怖心はもちろん感じられない。
ただ寂しげに何かを訴えているように見えるのは、わたしの気のせいだろうか。
ほんの一瞬触れ合った手はすぐに離れ、傘を持って立ち上がった穂積さんの影で視界が薄暗くなる。
「傘は、いい」
差し出された傘を受け取る。
ほんの一瞬外気に触れた取っ手は、あっという間に冷たくなっていた。
冷え切った穂積さんの手の温もりも感じられない。
言葉が出ず、俯くことしかできなかった。
やっぱり、迷惑だよね。
行き場のないモヤモヤした感情が高ぶって、情けなくて、泣きたくなった。
終わって一度涙を流した恋に、簡単に二度目の涙なんて出ないけどさ。
唇を噛み締め、顔を上げた瞬間だった。
「ありがとう」
囁くような儚い声だったが、たしかに耳に響いた。
穂積さんが立ち去る気配と同時だった。
表情は見えなかったけど、気持ちのこもった温かさを感じた。
去りゆく足音に振り返ることは出来なかった。
胸が痛くて息苦しいけど。
冷えた空気は肌に刺さって痛みを感じるほどに冷たいけれど。
身体の中は熱くなった。
ありがとうのたった一言が、ただただ、嬉しかったんだ。
事務所へ戻ると「急にどうしたの!?」と、先ほど合コンの誘いの話を途中で中断させてしまった先輩が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、やっぱり今日……」
こんな気持ちでは合コンへは行けない。
でも別に、行きたいところが出来た。