それでも、課長が好きなんです!
 寝るために戻ってくるだけ、と本人が言っていた通り最初から備え付けられている家具の他にはベッドしか置いていなかった。
 そのベッドも台本などの書物が無造作に置かれていて、寝るスペースなどほとんどない。
 テレビすら置いていない。
 部屋の片隅に積まれた封の開いていない包装されたたくさんの荷物は、贈り物だろうか。
 
 どこに座ったらいいのかもわからない部屋で、立ったまま「飲み物これしかないや」と言って缶ビールを手渡される。
 
「お水借りてもいいですか?」

 わたしはバッグからハンカチを取り出し、キッチンで水に湿らせた。
 そして水に湿らせたハンカチをベッドに腰かける佑輔君に差し出した。
 彼はビール片手に脚を組み、わたしを見上げた。

「なに?」
「ほっぺ、赤くなってますよ」

 彼は瞬きを繰り返すだけでハンカチを受け取らない。
 わたしが佑輔君の頬にハンカチを当てると、冷たかったのか肩をびくつかせ、頬に当てたハンカチに手を置いた。
 
「ありがとう……」

 瞳を伏せ、静かにほほ笑むと再びわたしを見上げた。

「千明って女の子らしいよな」
「……そうですか?」
「料理してる時とか、普段の行動も、優しくて素直なとこや、感情を表す時のしぐさも」
「……」

 男の人からはじめて言われた言葉に恥ずかしくて赤面をする。

「計算?」
「ま、まさか!」

 佑輔君は小さく噴き出し「だよね」と言うと、彼らしい自信に満ちた綺麗な笑顔を見せた。

「魅力的だよ、とても」

 すでに赤面した顔にさらに熱が増す。
 いつもみたいに、からかわれてるのかな……。
 分かってても、照れる。

「騙されんなよ」
「え?」
「キミみたいなお人よしは、つけ込みやすそう」

 佑輔君の言葉が、なぜだか胸に刺さった。
 唇が痛いと思ったら、無意識にきつく噛み締めていた。

 ボス、と音を立てて顔面に柔らかいものが当たった。
 枕だ。

「クッションないから、それ使って座れよ」

 フローリングの上に枕を置き、正座をして座ってみる。
 枕の段差があって正直座り心地は最悪だ。
 重心がゆっくりと右に傾き床に片手をつく。
 体勢を戻してみたが、今度は前に倒れて手をついた。
 今日はスカートをはいていなかったため、枕をクッション代わりに体操座りをすることにした。

 視線を感じてベッドに腰掛ける人物を見上げる。
 こちらをじっと見つめて、なぜか半笑いだ。
 観察、されてる……?

 居心地の悪さに俯くと、物音ひとつしない静かな部屋に、佑輔君の声が響いた。

「俺、さっき彼女と別れたんだよね」

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