それでも、課長が好きなんです!
第19話 強敵
「今、音が……」
わたしの声と同時だった。
同時に勢いよく部屋の扉が開く音がし、ある人物が部屋の中へと入ってきた。
思いもよらない人物の登場に驚きに立ち上がろうとしたが、立ち上がる前に腰を抜かしてしまったようだ。
わたしはソファで左右の足を上下に開いただらしない体制のまま、ただその人物を見つめていた。
実物を見るのはこれで二度目。綾川京子だ。
綾川京子は無言でじっと穂積さんの方を見ているようだ。
おそらく、穂積さんも。
目を合わせた二人は、互いに出方をうかがっているのか言葉を発しようとしない。
佑輔君と穂積さん本人から聞いた話で、綾川京子が穂積さんの母親であることは理解はしていてもどこかまだ、半信半疑だった。
でも今、綾川京子が一人、穂積さんの自宅へやってきた。もう、認めざるを得ないようだ。
「帰ってくれないか」
「あんたに話があるの」
「あとにしてくれ。今は取り込み中だ。それに、勝手に入ってくるなとあれほど」
「母親が、自分の息子の部屋に入るのに許可がいる? 思春期の子供でもあるまいし、見られて困るものでもあるのかしら?」
うっすらと笑みを浮かべた綾川京子が少しずつこちらへと近づいてくる。
いつの間にか、彼女からの視線を一身に受けていた。
「どこかでお会いしたことがあったかしら?」
上から見下ろされているのと、彼女の放つ緊張感のあるオーラが合わさってその迫力に言葉が出ない。
「は、返事もろく出来ないお嬢ちゃんがここで何をしてるの」
表情をかすかに動かすだけの薄笑いに恐怖すら感じて、返事をするどころか俯いてしまった。
綾川京子の敵意と、なぜか憎しみまでもを込めたような態度。わたしがこの場にいることに怒りを覚えているのがひしひしと伝わってくる。
手に汗を握りしめたわたしの手を穂積さんが取ると、引き上げるようにしてわたしをソファから立たせた。
半歩ほどふらつきしっかりと立つと、目の前に綾川京子が立ちはだかる。
「どこへ?」
距離を縮めた綾川京子は、穂積さんの前に立つと強い視線で彼を見上げる。
そしてさらに、視線と言葉に力を込めた。
「一時の感情に流されて選択を誤ることでどうなるか、あんたは一番近くで見てきたじゃない」
綾川京子は穂積さんの空いた腕を掴むと、瞳を細めて訴えかけるように声を絞り出した。
「分かってるよわよね、聡。あたしがどれだけ苦労してあんたをここまで育ててきたか。あんたにはもう、苦労も貧しい思いもさせたくないのよ」
おそらく今、二人は無言で視線をぶつけ合っている。
わたしには分かるはずもない、親子の会話。
わたしはその会話中、自分の手を握る穂積さんの手をじっと見つめていた。
振りほどこうとすれば簡単に抜け出せる弱い弱い繋がりだけど。
自分が今この場にいることが、場違いであり歓迎されていないことも分かっているけど。
でもこの弱い繋がりでも、指先一本でも、少しでも長く穂積さんの傍を離れたくないと思った。
だってさっき、やっと自分が、ずっと望んできた返事が聞けるような気がして……
「今日はね聡、あなたに縁談を持ってきたの」
ドクンと胸を打つ鼓動に驚いて顔を上げると、綾川京子と目が合った。
どこか挑戦的な視線。負けるもんかと歯を食いしばって対抗したけど、縁談という言葉が胸に刺さって弱気になる。
先に瞳を逸らしたと同時に、穂積さんと繋がった手も振りほどいた。
「今日は帰ります」と言う小さな声は「詳しい話をさせてもらってもいい?」という言葉にかき消された。
詳しい話……それは、穂積さんに向けて言っているものだろう。でも、部外者は出て行ってくれないか、わたしにはそう聞こえてしまった。
部外者、そうだ。わたしは親子の絆に比べたらずっと弱く薄い、ただの会社の元部下で……それ以上でも、それ以下でも……
一度弱気になった心は簡単には止まらない。
駆け出したわたしの手を、もう一度だけ穂積さんが掴んで止めたけど、振り返らずに再び振りほどいてその場をあとにした。
わたしの声と同時だった。
同時に勢いよく部屋の扉が開く音がし、ある人物が部屋の中へと入ってきた。
思いもよらない人物の登場に驚きに立ち上がろうとしたが、立ち上がる前に腰を抜かしてしまったようだ。
わたしはソファで左右の足を上下に開いただらしない体制のまま、ただその人物を見つめていた。
実物を見るのはこれで二度目。綾川京子だ。
綾川京子は無言でじっと穂積さんの方を見ているようだ。
おそらく、穂積さんも。
目を合わせた二人は、互いに出方をうかがっているのか言葉を発しようとしない。
佑輔君と穂積さん本人から聞いた話で、綾川京子が穂積さんの母親であることは理解はしていてもどこかまだ、半信半疑だった。
でも今、綾川京子が一人、穂積さんの自宅へやってきた。もう、認めざるを得ないようだ。
「帰ってくれないか」
「あんたに話があるの」
「あとにしてくれ。今は取り込み中だ。それに、勝手に入ってくるなとあれほど」
「母親が、自分の息子の部屋に入るのに許可がいる? 思春期の子供でもあるまいし、見られて困るものでもあるのかしら?」
うっすらと笑みを浮かべた綾川京子が少しずつこちらへと近づいてくる。
いつの間にか、彼女からの視線を一身に受けていた。
「どこかでお会いしたことがあったかしら?」
上から見下ろされているのと、彼女の放つ緊張感のあるオーラが合わさってその迫力に言葉が出ない。
「は、返事もろく出来ないお嬢ちゃんがここで何をしてるの」
表情をかすかに動かすだけの薄笑いに恐怖すら感じて、返事をするどころか俯いてしまった。
綾川京子の敵意と、なぜか憎しみまでもを込めたような態度。わたしがこの場にいることに怒りを覚えているのがひしひしと伝わってくる。
手に汗を握りしめたわたしの手を穂積さんが取ると、引き上げるようにしてわたしをソファから立たせた。
半歩ほどふらつきしっかりと立つと、目の前に綾川京子が立ちはだかる。
「どこへ?」
距離を縮めた綾川京子は、穂積さんの前に立つと強い視線で彼を見上げる。
そしてさらに、視線と言葉に力を込めた。
「一時の感情に流されて選択を誤ることでどうなるか、あんたは一番近くで見てきたじゃない」
綾川京子は穂積さんの空いた腕を掴むと、瞳を細めて訴えかけるように声を絞り出した。
「分かってるよわよね、聡。あたしがどれだけ苦労してあんたをここまで育ててきたか。あんたにはもう、苦労も貧しい思いもさせたくないのよ」
おそらく今、二人は無言で視線をぶつけ合っている。
わたしには分かるはずもない、親子の会話。
わたしはその会話中、自分の手を握る穂積さんの手をじっと見つめていた。
振りほどこうとすれば簡単に抜け出せる弱い弱い繋がりだけど。
自分が今この場にいることが、場違いであり歓迎されていないことも分かっているけど。
でもこの弱い繋がりでも、指先一本でも、少しでも長く穂積さんの傍を離れたくないと思った。
だってさっき、やっと自分が、ずっと望んできた返事が聞けるような気がして……
「今日はね聡、あなたに縁談を持ってきたの」
ドクンと胸を打つ鼓動に驚いて顔を上げると、綾川京子と目が合った。
どこか挑戦的な視線。負けるもんかと歯を食いしばって対抗したけど、縁談という言葉が胸に刺さって弱気になる。
先に瞳を逸らしたと同時に、穂積さんと繋がった手も振りほどいた。
「今日は帰ります」と言う小さな声は「詳しい話をさせてもらってもいい?」という言葉にかき消された。
詳しい話……それは、穂積さんに向けて言っているものだろう。でも、部外者は出て行ってくれないか、わたしにはそう聞こえてしまった。
部外者、そうだ。わたしは親子の絆に比べたらずっと弱く薄い、ただの会社の元部下で……それ以上でも、それ以下でも……
一度弱気になった心は簡単には止まらない。
駆け出したわたしの手を、もう一度だけ穂積さんが掴んで止めたけど、振り返らずに再び振りほどいてその場をあとにした。