それでも、課長が好きなんです!
会社に着くとビルにちらほらまだ電気が点いているフロアが見える。
自分の部署に電気が灯っているかは確認できなかったが、社内に入ることができるのなら取りに戻れそうだ。
正面入り口は定時と同時に閉められるので社員専用の裏口から入る。受付の警備員に事情を話し、社員証と簡単な用紙に部署名と名前を書いてから中へと入った。
退社後に戻るとこんな手続きが必要なんだ……。
エレベーターは止まっているため階段で自分の部署の入っている五階まで上る。上りきったあと息が上がって日頃の運動不足を痛感した。
自分の部署の入る部屋へと入り自席へと向かう。
誰もいないフロアの電気は消され、非常灯しかついていない部屋はすごく不気味だった。
自席へ行きデスクの横にかけたバッグを探る。バッグを持ったときにカギ同士がこすれる音がしてキーケースがバッグの中にあることを悟って安心した。
「あった~……!」
思わず声を発したときだった。
「誰かいるのか?」との男性の声がして振り返ると入口付近に人影が見えた。
ちょうど自分の真上、わたしたちのチーム部分に明かりが灯り眩しさに目を細める。
「せ……瀬尾!? 何してるんだ」
「その声は……穂積さん!?」
ゆっくりと穂積さんがこちらへ向かって近づいてくる。
「こんな時間に一体ここで何を…」
「あ、あの自宅の鍵を忘れてしまって……家に入れなくて」
「おまえが退社したのはだいぶ前だったと思うが」
「えっと、寺島さんと……さっきまで飲んでて」
穂積さんは少し呆れたように目を細めた。
「穂積さんはこんな時間までお仕事ですか?」
「夕方の打ち合わせが長引いてな。終わってから色々処理をしていたらこんな時間だ」
「あ……言ってくれれば手伝ったのに」
「おまえに頼んでも仕事を増やされそうだ」
「……あ、あはは……」
「まぁ、いい。電気消すからさっさと出ろ」と言い背を向けた彼について部屋の入り口へ向かう。
「あ、あの……!」
彼の背中を見て、思わず呼びとめたくなってしまった。
「何だ」と言って振り返る彼の横目の視線に射抜かれて咄嗟に俯いて何も話せなくなった。近づいてくる穂積さんの気配を感じ目の前に彼の影が出来る。
「顔が赤い。どれだけ飲んだんだ」
いつもより幾分やわらかい穂積さんの声色に顔を上げると、仕事中とは違うリラックスした表情の彼が目の前に居た。
いつも怒ってばかりではないということを、わたしは知っている。
「カクテルと梅酒と……あとはひたすらビールをふたりで二本空けました……」
「相変わらずおまえたちふたりは強いな」
「今度一緒にいかがです?」
「はは、遠慮しておく」
仕事中には絶対に見ることが出来ない僅かな笑顔を見せられ息が詰まるほどの胸の高鳴りに動揺した。
一番最初に見た彼の笑顔を思い出して、同時に自分が恋に落ちた瞬間も思い出してなんとも言えない高揚した気分になった。
このまま黙ってなんていられない。
あの夜でこの恋が終わってしまうなんて嫌だよ。
「……忘れられないのはわたしだけでしょうか」
「……ん?」
「意識して……胸が苦しくなるのはわたしだけでしょうか」
「どうした、急に」
唇を噛み締めて目の前の人物を見上げると、じっとただその瞳にわたしだけを映して逸らさなかった。
「あの夜は、穂積さんからしてみれば……なかったことになってるのでしょうか」
穂積さんはわたしと視線を合わせる間、少しの表情の変化も見せなかった。
しばらくすると閉じた唇をさらにきつく締め直し一歩前に出てその手を差し伸べた。その手がわたしの首筋を触れずになぞるようにゆっくりと滑り落ちて鎖骨に輝くネックレスに触れた。
溜まらず目をぎゅっと閉じて背筋を強張らせた。
新しく買ったネックレスが映える格好をしたくて、
この日は首もとが見えるカットソーを着ていた。
「もう、消えてしまったんだな」
その言葉に目を開けて再び彼を見上げた。わたしを見据え、細めた瞳が切なげに揺れる姿を見るのはこれで二回目だった。
「すまなかった」
彼の謝罪のことばもこれで二回目。
二度も聞くことになるとは思わなかった、悲しい響きだった。
自分の部署に電気が灯っているかは確認できなかったが、社内に入ることができるのなら取りに戻れそうだ。
正面入り口は定時と同時に閉められるので社員専用の裏口から入る。受付の警備員に事情を話し、社員証と簡単な用紙に部署名と名前を書いてから中へと入った。
退社後に戻るとこんな手続きが必要なんだ……。
エレベーターは止まっているため階段で自分の部署の入っている五階まで上る。上りきったあと息が上がって日頃の運動不足を痛感した。
自分の部署の入る部屋へと入り自席へと向かう。
誰もいないフロアの電気は消され、非常灯しかついていない部屋はすごく不気味だった。
自席へ行きデスクの横にかけたバッグを探る。バッグを持ったときにカギ同士がこすれる音がしてキーケースがバッグの中にあることを悟って安心した。
「あった~……!」
思わず声を発したときだった。
「誰かいるのか?」との男性の声がして振り返ると入口付近に人影が見えた。
ちょうど自分の真上、わたしたちのチーム部分に明かりが灯り眩しさに目を細める。
「せ……瀬尾!? 何してるんだ」
「その声は……穂積さん!?」
ゆっくりと穂積さんがこちらへ向かって近づいてくる。
「こんな時間に一体ここで何を…」
「あ、あの自宅の鍵を忘れてしまって……家に入れなくて」
「おまえが退社したのはだいぶ前だったと思うが」
「えっと、寺島さんと……さっきまで飲んでて」
穂積さんは少し呆れたように目を細めた。
「穂積さんはこんな時間までお仕事ですか?」
「夕方の打ち合わせが長引いてな。終わってから色々処理をしていたらこんな時間だ」
「あ……言ってくれれば手伝ったのに」
「おまえに頼んでも仕事を増やされそうだ」
「……あ、あはは……」
「まぁ、いい。電気消すからさっさと出ろ」と言い背を向けた彼について部屋の入り口へ向かう。
「あ、あの……!」
彼の背中を見て、思わず呼びとめたくなってしまった。
「何だ」と言って振り返る彼の横目の視線に射抜かれて咄嗟に俯いて何も話せなくなった。近づいてくる穂積さんの気配を感じ目の前に彼の影が出来る。
「顔が赤い。どれだけ飲んだんだ」
いつもより幾分やわらかい穂積さんの声色に顔を上げると、仕事中とは違うリラックスした表情の彼が目の前に居た。
いつも怒ってばかりではないということを、わたしは知っている。
「カクテルと梅酒と……あとはひたすらビールをふたりで二本空けました……」
「相変わらずおまえたちふたりは強いな」
「今度一緒にいかがです?」
「はは、遠慮しておく」
仕事中には絶対に見ることが出来ない僅かな笑顔を見せられ息が詰まるほどの胸の高鳴りに動揺した。
一番最初に見た彼の笑顔を思い出して、同時に自分が恋に落ちた瞬間も思い出してなんとも言えない高揚した気分になった。
このまま黙ってなんていられない。
あの夜でこの恋が終わってしまうなんて嫌だよ。
「……忘れられないのはわたしだけでしょうか」
「……ん?」
「意識して……胸が苦しくなるのはわたしだけでしょうか」
「どうした、急に」
唇を噛み締めて目の前の人物を見上げると、じっとただその瞳にわたしだけを映して逸らさなかった。
「あの夜は、穂積さんからしてみれば……なかったことになってるのでしょうか」
穂積さんはわたしと視線を合わせる間、少しの表情の変化も見せなかった。
しばらくすると閉じた唇をさらにきつく締め直し一歩前に出てその手を差し伸べた。その手がわたしの首筋を触れずになぞるようにゆっくりと滑り落ちて鎖骨に輝くネックレスに触れた。
溜まらず目をぎゅっと閉じて背筋を強張らせた。
新しく買ったネックレスが映える格好をしたくて、
この日は首もとが見えるカットソーを着ていた。
「もう、消えてしまったんだな」
その言葉に目を開けて再び彼を見上げた。わたしを見据え、細めた瞳が切なげに揺れる姿を見るのはこれで二回目だった。
「すまなかった」
彼の謝罪のことばもこれで二回目。
二度も聞くことになるとは思わなかった、悲しい響きだった。