助手席にピアス
フォークを受け取った私は「いただきます」と涙ながらにザッハトルテをひと口味わった。
桜田さんはパイプ椅子に座り、作業台に頬杖をつくと、隣の私のことをじっと見つめる。
「おいしい。甘すぎなくて、大人の味」
「へえ、お前に大人の味がわかるとは意外だな」
朔ちゃんと同じように、私を子供扱いする桜田さんに向かって頬を膨らました。
「それくらいわかります! 桜田さん、急に意地悪になった!」
クククッと低い笑い声が厨房に響く。
「俺は好きな子には、意地悪したくなるタイプなんだよ」
「好きって……」
ついさっきまでは笑っていたのに、桜田さんの切れ長の瞳が私を捕らえて離さない。
「なあ、もっと俺に甘えろよ」
「え?」
「なんだかお前のこと……放っておけないんだよ」
恥ずかしがり屋の桜田さんが、まさかこんなことを言うなんて……。
胸の中で新たな思いが芽吹き始めるのを、自覚した。
「私……桜田さんのこと好きになってもいいの?」
「ああ。好きになってくれたらうれしい」
ザッハトルテのように甘すぎない大人の恋を桜田さんと育むために、コクリと頷いたのだった。