助手席にピアス
「雛子。桜田さんは奥さんと離婚するつもりなの?」
鋭い美菜ちゃんの指摘に、現実から目を逸らしていた私の心臓がドキリと音を立てる。
別居中だといっても、彼は妻帯者だ。どんなに純粋に彼のことを好きだと思っても、世間一般に言えば私は不倫をしていることになる。
「雛子。この前は桜田さんを奥さんから奪っちゃいなって言ったけど……私、雛子に不倫を勧めた訳じゃないから。雛子が傷つく姿は見たくないよ」
「美菜ちゃん……」
返す言葉が見つからない私は、すっかり冷めてしまったサーモンのクリームパスタを無言で口に運んだ。
ランチから戻った私は気分を重くしながらも、なんとか業務を終わらせると会社を後にする。クリスマスも終わり、年末を迎える準備に取りかかる街並を、足早に帰ろうとした私の目に飛び込んできたのは、白いバンだった。
今日は土日でもないし、約束もしていない。突然の待ち伏せに、落ち込んできた気持ちなどあっという間に吹き飛んだ私は、バンから降りてきた桜田さんに向かって小走りをした。
「桜田さん! どうしたの?」
「あ、いや。その……お前に頼みがある」
「頼み?」
「ああ。説明は車の中でする」
珍しい事態に驚きながらも、予定外に桜田さんと会えたことがうれしい。
そして、これってデートなのかな?
期待に心を躍らせて、助手席に乗り込んだ。