助手席にピアス

桜田さんが私を会社の前で待ち伏せした本当の理由は、ふたりで一緒に食事をするため。

きっと、そうだよね?

これが私と桜田さんの初デートだと思うと、頬が勝手に緩んでしまう。

「ん? どうした?」

ひとりでニヤニヤしている私に、桜田さんが気づく。

「ううん、なんでもない。私もケーキ食べようかな。桜田さん、どれが一番おいしい?」

「そうだな。どれもうまいが、これを食ってみろ」

桜田さんがフォークで差し示したのは、りんごのケーキ。

「どうしてこれを勧めるの?」

「りんごの下準備が意外と面倒だが、りんごケーキを作ることはそれほど難しくない。でも作るたびに味が変わるケーキの代表だ」

ブッフェに並んだケーキはクリームやフルーツでデコレーションされて、どれも華やか。でも、このりんごケーキは、薄くスライスしたリンゴに焼き色がついているだけで、他のケーキと比べると圧倒的に地味だった。

「味が変わる?」

「ああ。菓子作りには紅玉というりんごが一番適していることはお前も知っていると思うが、その紅玉一個一個にも味の違いがあるらしい。だから俺は同じ味が提供できないりんごケーキは作らないことにしている」

普段は口数が少ないくせに、ケーキのことになると途端に饒舌になる桜田さんに、思わず笑いが込み上げる。

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