助手席にピアス

桜田さんの思いを受け入れることはできない。だって私は……。

「ご、ごめんな……」

謝りの言葉の途中で桜田さんの大きな手に引き寄せられ、あっという間に唇を塞がれてしまった。

今日の桜田さんは大胆な言葉を口にした通り、キスも強引だ。荒々しく唇を重ねられ、舌を絡められる。

違う。私が求めているのは、桜田さんの唇じゃない。私が欲しいのは……。

「嫌っ!」

気づけば、大きな声をあげながら桜田さんの胸に両手をつき、力いっぱい押し返していた。自分の行動にハッとして顔を上げると、桜田さんは瞳を伏せて寂しそうな表情を浮かべている。

「あっ、ごめんな……さい」

「いや。俺の方こそ悪かった」

ふたりきりの車内は、気まずい雰囲気に包まれる。この場から一刻でも早く立ち去りたい気持ちに襲われた私は早口で「おやすみなさい」と告げて助手席から出ると、一目散にマンションに駆け込んだ。



桜田さんの情熱的なキスは嫌いじゃなかったはず。それなのに、キスも思いも受け入れられなかったのは、自分の心の奥底に眠っていた気持ちに気づいてしまったから。

桜田さんから逃げ出すように部屋に帰った私は、靴を脱ぐのももどかしくスマートフォンを手にすると、震える指でコールボタンを押した。

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