助手席にピアス
-----入社して一ケ月が経ったある日の夕刻。ようやく業務に慣れてきた頃、それは起きてしまった。
「ありがとうございます。ハニーフーズ、青山(あおやま)でございます」
作業していた手を止めて電話に出ると、低い声が耳に飛び込んできた。
「営業の樋口だけど、スカイホテルベーカリーさんの昨日の受注伝票の確認を今すぐお願いできるかな」
「は、はい。わかりました」
電話を保留にすると、伝票のファイルを手にして受話器を取る。
「もしもし。お待たせしました」
「全粒粉の注文個数っていくつになっている?」
「十キログラムが十袋です」
FAXで注文された手書きの伝票を読み上げると、電話越しの樋口亮介さんの声が曇った。
「だよね。でも今、スカイホテルベーカリーさんに顔を出したら一袋しか届いてなくてさ……」
昨日、スカイホテルベーカリーの受注したのは私だ。そのことを思い出し、急いでパソコン画面を切り替えるとデータを確認する。
「樋口さん、すみません。私が入力ミスをしました」
「え? まさか十を一って?」
「はい。すみません。本当にすみません」
有り得ないミスをしてしまった私は、電話に向かって何度も頭を下げる。
どうしよう……。
心臓がバクバクと音を立てる中、ただ謝ることしかできない自分が情けない。すると受話器越しの声が冷静に指示を出した。