助手席にピアス
まだ私は、自分の気持ちを琥太郎に告げていないし、琥太郎の今の思いも聞いていない。でも好きな人にキスを求められて、うれしくないわけがなかった。
琥太郎との初めてのキスは、エレベーターの中……。
ちょっぴり恥ずかくてうれしい思いを胸に抱きながら、私は琥太郎の唇を受け入れるために、そっと瞳を閉じた。けれど……。
ふたりを切り裂く「ポン」という機械音が響くと、エレベーターが動きを止めた。
え? まさか……。
ハッと瞳を開けた私が見たのは、ひとりの中年の男性の姿。エレベーターに乗り込むと、こちらの様子をチラチラとうかがっているのがわかった。
きっと、私と琥太郎がキスをしようとしていたところを見たんだ。恥ずかしい……。
いたたまれない気持ちでいっぱいになり、うつむく。すると琥太郎は私の前にスッと立ちはだかった。
琥太郎は、男性の視線から私を守ってくれたんだ……。
その思いやりがうれしくて、琥太郎のスーツの裾をそっと摘まむと身体を寄せた。
大きくて安心できる琥太郎の背中に抱きつきたい衝動を抑えると、一刻でも早くエレベーターが一階に到着することを願った。