助手席にピアス
琥太郎の呼び止める声を無視して電話を切ると、焼き立てのクッキーが入った袋を握りしめる。
どうしても、今日中にプレゼントを渡したい。
その思いを胸に抱えて家を飛び出す。
さっき家を出たばかりなら、きっと近所で朔ちゃんを捕まえられるはずだよね。
暗がりが広がる辺りに目を凝らしながら、息を切って走り続けると、公園の滑り台の横に人影を発見した。
公園の照明に浮き上がるあのシルエットは、朔ちゃんで間違いない。だって私は、大好きな朔ちゃんのことなら、なんでもわかるから。そう思っていたのに……。
中学一年生の私は、人の気配がない公園で朔ちゃんがなにをしようとしていたのか、ちっともわかっていなかった。
「朔ちゃ……」
公園に足を踏み入れて朔ちゃんの名前を口にした時、それはすぐに私の目に飛び込んできた。滑り台の陰に浮かぶのは、もうひとりのシルエット。影絵のようなふたつのシルエットがゆっくりと近づくと、重なり合った。
きっと時間にしたら、ほんの数秒の出来事だったはず。でも私にとって、朔ちゃんが自分以外の人とキスをしている時間は、永遠にも感じられる長さだった。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感。そして、初めての失恋を経験した私は、ショックで身体が動かせない。