助手席にピアス
それでも、亮介と結婚したいという夢を否定することはできなかった。
「だって、好きな人と結婚したいと思うのは当然でしょ?」
「俺さ、雛子のそういうとこ。重いんだよね」
「重いって……ひどいよ……」
堪え切れなくなった涙が、瞳からポロポロと零れ落ちる。
「あのさ。俺はまだ誰とも結婚する気はないから。それにアイツは雛子と違って、すぐ泣かないから気が楽なんだよ」
『アイツ』って、もちろん亮介の浮気相手の白石あゆみさんのことだよね。
次から次に明らかになる亮介の本音に、返す言葉が見つからない。
泣き顔がかわいい女の子が好きだって言ったくせに……。今まで、あんなに優しかったくせに……。
目の前にいる亮介が憎い。
亮介はローテーブルの上になにかをコトンと置くと「じゃあ、そういうことだから」と軽く口にする。そして引き留める間もなく、部屋から風のよう素早くに姿を消してしまった。涙で揺らめく先に見えたのは、ローテーブルの上に置かれた合鍵。
もう、この部屋に亮介が来ることは二度とないんだ……。
あまりにも突然で呆気ない別れを迎えた私は、亮介を追う気力も起きなくて、ただ、その場にゴロンと横になった。
パティシエになるために東京に来たけれど、その夢をあきらめ、そして今、亮介のお嫁さんになる夢も泡のように消えてしまった。
私はなんのために東京に来たんだろう……。
いくら考えても、答えを導き出すことはできなかった。