助手席にピアス
「雛子ちゃん、ここ」
「朔ちゃん!」
朔ちゃんは席から立ち上がると、私に向かって軽く手を上げた。おばあちゃんの葬儀に参列するために会った時は、ブラックスーツ姿だった。でも今日の朔ちゃんは、グレーのテーラードジャケットをラフに着こなしている。インナーのVネックの黒シャツからチラリと覗く首筋がとてもセクシーで、思わず胸がドキリと跳ね上がる。
でも、この胸の高鳴りも、すぐに治まってしまった。その理由は、朔ちゃんの隣に見知らぬ女性がいたから……。
「雛子ちゃん、紹介するよ。こちらは僕の婚約者の加藤莉緒(かとう りお)さん」
「初めまして。莉緒です」
突然、婚約者を紹介された私は、瞬きするのを忘れるくらい動揺した。
朔ちゃんに対して中学一年生の時のような淡い恋心は、もう消え失せた。それでも初恋の人からデートに誘われて、今日の日を楽しみにしていたのに……。
朔ちゃんの婚約者である、莉緒さんの左薬指に輝くダイヤのエンゲージリングを見つめながら「朔ちゃん、結婚するの?」と、あえて聞いてみた。
「え? ああ、そうだよ。琥太郎から聞いてなかった?」
「うん。なにも」
もしかしたら、私が東京に戻る前の土曜日の夜……。琥太郎がウチに訪れたのは、朔ちゃんが結婚することを知らせるためだったのかもしれない。でも私は、亮介に浮気されて取り乱していた。
琥太郎は私を気遣って、朔ちゃんのことをなにも言えなかったのかな……。
ケンカ別れをしたままの琥太郎の顔を思い出すと、チクリと胸が痛んだ。