助手席にピアス
ハニーフーズでの仕事は、それなりにやりがいがあるし、東京でひとり暮らしをしていけるくらいのお給料もきちんともらえている。あえて不満を言うなら、元カレの亮介と白石あゆみさんと顔を合わせるのが辛いことくらい。
だからハニーフーズを辞めて、ガトー・桜で働くという提案は、受け入れられなかった。
「なんだ、琥太郎の早とちりってわけか……」
「朔ちゃん、ごめんなさい」
「雛子ちゃんが謝ることないよ。今の仕事を辞めないで済むなら、それに越したことないしね」
朔ちゃんは作業台の上に置かれた紙コップの中のコーヒーと同じ色の瞳を細めると笑顔を浮かべた。その優しい笑顔を見ただけで、心がホッと落ち着く。
「それから桜田さんにも迷惑をかけてしまって、すみませんでした」
イスから立ち上がると桜田さんに向かって、深々と頭を下げた。
「……人騒がせなヤツだな」
「……」
桜田さんの低くて冷たい声が、頭の上から降り落ちてくる。
初対面の私に向かって、遠慮なく嫌味を吐き出すなんて……。
あまりの無遠慮さに驚き、桜田さんの顔をマジマジと見つめてしまった。
でも私のせいで朔ちゃんや琥太郎。そして桜田さんに莉緒さんまで巻き込んでしまったことは事実だから、なにも言い返すことなどできない。
自分の軽はずみな言動を、これほど後悔したことはなかった。