助手席にピアス
「先程は、ありがとうございました」
バス停に並び、頭を下げる。
「いいえ。あなた、わざわざバスで桜さんのケーキを買いにきたの?」
ガトー・桜を訪れた理由の一つは、桜田さんが作ったケーキを食べるため。そして二つ目の理由は……。
私の事情を知らない婦人に、二つ目の理由を告げても仕方ない。
「はい。そうです」
話に合わせるように返事をすると、婦人は貴重な情報を教えてくれた。
「桜さんのケーキを買いたいのなら、午前中に来ないと買えないわよ」
午前中に来ないと買えないって、どうして?
その理由を聞こうとすると、バスがなだらかな下り坂を走ってくる。バス停に到着したバスに乗り込むと、その婦人はあたり前のように二人掛けの座席に腰を下ろした。
「どうぞ」
婦人は穏やかな笑みを浮かべると、自分の隣に座るように促す。
「失礼します」
身体の前でトートバッグを抱えると、小さな婦人の隣に腰を下ろした。
「あの、ガトー・桜の営業時間って午前中だけなんですか?」
「桜さんのオーナーはひとりで切り盛りをしているから、ケーキが売り切れたら閉店しちゃうのよ。今日は残念だったわね」
「そうなんですか」
そんなことを聞いたら、ますます桜田さんが作ったケーキを食べてみたくなってしまう。