助手席にピアス
「ガトー・桜のおすすめスイーツはなんですか?」
「そうね。私が好きなのは苺のショートケーキね。暑い時期は苺が入荷しないから他の果物で作るけれど、やはり苺が一番おいしいわ」
ショートケーキについて語る婦人の表情は、頬がほんのりと桃色に染まっていた。しかしケーキに恋をしている乙女のような婦人の笑顔が曇り出す。
「オーナーの奥様も苺のショートケーキが大好きでね」
まさか、あの無愛想な桜田さんに奥さんがいたなんて!
飛び上がりそうな衝撃を受けた私は、婦人に慌てて詰め寄った。
「桜田さんって、結婚していたんですか?」
「あら? あなた、オーナーと知り合い?」
今度は婦人までも、目を丸くして驚いている。
「え? まあ。実は先日、知人に紹介されたばかりで……」
「そうなの。あら、私ったら、少しおしゃべりが過ぎたみたいだわ。いやね。歳を取るとつい、ね……」
婦人は口をつぐむと私から視線を逸らした。そしてバスの窓の外に流れる景色を、無言で見つめる。
会話に終止符を打たれた私は、それ以上、ガトー・桜のことも、桜田さんのことも口にすることができず、ただ黙ってバスに揺られたのだった。