助手席にピアス

桜田さんは黒のカーディガンを羽織ると、車のキーを手にした。

「バスで帰るから大丈夫です」

「実を言うと、少し買い出しがあるんだ。ついでだ。遠慮することない」

怒っているのかと疑ってしまう口調も、実は桜田さんなりの照れ隠しなのかもしれない。

桜田さんの性格をなんとなく理解した私は、足早に厨房を後にした彼の後ろ姿を急いで追った。



ガトー・桜の裏のガレージに停まっている車は、白いバンだった。朔ちゃんが乗っていたようなオシャレな車ではないけれど、これなら二次会のウエディングケーキの運搬も大丈夫だろう。

私が助手席に乗り込みシートベルトを締めると、桜田さんは静かに車を発進させた。

「ケーキがこんなに売れるのなら、午後も営業すればいいのに」

車のダッシュボードの時計は、午後一時を表示している。

「俺ひとりで、たくさんのケーキを作るのは不可能だ」

「ショートケーキが大好きな奥さんに手伝ってもらえばいいのに、どうしてひとりで切り盛りしているんですか?」

今まで疑問に思っていたことを、思い切って聞いてみた。

「セツさんから聞いたのか?」

「はい。そうです」

ハンドルを握る桜田さんはしばらく沈黙した後、ポツリと呟く。

「……アイツとはちょっと事情があって、別に暮らしている」

「あ、ごめんなさい」

「いいや」

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