助手席にピアス
「お前、売り場を担当するとか、本気で言っているのか?」
恐る恐る振り返れば、身体の前で両腕を組み、不満をあらわにする桜田さんの姿があった。
こ、怖い……。
桜田さんが怒った姿を初めて見た私は、その迫力に怖気づいた。でもこのまま回れ右をして帰るなんてできない。
身に着けたエプロンの裾を握りしめると、覚悟を決めて息を大きく吸い込んだ。
「桜田さん。お願いがあります」
「お願い?」
「私、約一年半のブランクがあります。今の状態では朔ちゃんのウエディングケーキ作りの手伝いなんかできないと思うんです」
製菓学校を卒業してから作ったスイーツと言えば、プリンにクッキー、バレンタインのチョコといった具合だ。こんな私が厨房に入ったところで、桜田さんの足手まといになるのは明白だった。
「だから私を、桜田さんの助手にしてください!」
「は? 助手?」
桜田さんの切れ長な瞳が大きく見開く。その驚きの表情を見たら、自分が突拍子もないことを言っているということを自覚した。
「俺の助手にならなくても、ここに何度か通ってケーキを焼けば、製菓学校に通っていた頃のような感覚を取り戻せるだろ」
桜田さんは面倒くさそうに頭を掻いた。
「それじゃあ、ダメなんです! 朔ちゃんと莉緒さんが喜んでくれるウエディングケーキを作れるようになるには、今から準備をしないと間に合わないと思うんです!」