My sweet lover
自転車を担いで1階に降りると、近所に住んでいる大家さんの家へと向かった。


大家さんは60代の男性で、短大の頃からよく私の事を気にかけてくれていた。


鍵を返した時、大家さんの笑顔になんだか泣きそうになった。


何度も歩いたこの道も近所のスーパーもコンビニも、雨の日にお世話になったコインランドリーも。


住めば都と言うけれど、ここの住みやすさは天下一品だった。


後ろ髪をひかれつつ、私は自転車に乗って社長宅を目指した。


社長に渡されたメモと地図を頼りに、自転車を走らせる。


ここからだと7、8kmはあるかもしれない。


アスファルトの照り返しがきつくて、焦げてしまいそうなくらいに暑い中、ひたすら自転車を漕いだ。


今日はお店の定休日。


社長は自宅にいて、私の荷物はもうとっくに到着しているはず。


しばらくすると、住所通りの場所へ到着した。


確かにこの辺りのはずなんだけど。


「えー、どこ?」


大きな建物ばかりで、住宅なんて見られないんだけど。


1-8-2901ってそんな番地あるのかな?


社長に電話してみよう。


私はポケットからスマートフォンを取り出して、社長に電話をかけた。


『はい』


気だるそうな社長の低い声が私の耳に触れる。


「社長?水沢です。あのー書かれたメモの住所に来たんですけど、どこに家があるかわからないんです」


『えっ、わからない?近くに何がある?』


「えっと、1階にコンビニのある大きな茶色のビルの前にいます」


『そこにいるならすぐそばだ』


「えー?家らしきものはないんですけど」


『俺の家、マンションだぞ』


「あっ、マンションなんですね。何色ですか?」


『グレーのマンションだよ。その茶色のビルの4軒先』


「え…?」


1、2、3、4…。


え、えぇーーー?


こ、これは…。


「あの、エントランスがやたら広いやつですか?」


『うん、多分それ』


こ、これっていわゆる高層マンション?


2901って…。


29階のことだったんだーーー!

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