猫に恋する、わたし
「俺に貸したこと覚えてないんだ?」
「…さあ、どうだろうね。ずっと探していたよ」
「あっそ。嫌みだよな、あの女」
「嫌みって?」
「俺に貸した最後のCDがその曲って嫌み以外に他ないし」
「そういうつもりで貸したわけじゃないと思うけど…」
「それ返しといて。あの女がいらねえなら捨てていいから」
「ねえ」
「あ?」
「その ”あの女” っていうのやめてくれないかな?仮にもわたしのお姉ちゃんなんだし」
「そんなん俺の勝手じゃん」
ピリリ、と彼のスマートフォンが鳴る音がした。
吸っていたタバコを床にこすりつけながらメールに目を通す彼を横目に、わたしはCDのケースからそっと歌詞カードを取り出して制服のポケットの中にしまった。
「谷口さんから?」
何も答えず、黙って教室を出て行こうとする彼を呼び止める。「伊織君」
「お姉ちゃん、結婚するんだって」
振り向いた彼の目が少しだけ、揺らいだ。
それから、しばらくの間。「あっそ」
「あの女の片思いは実ったってわけか」
彼は呟くようにそう言い残して、教室を出た。