猫に恋する、わたし
タバコの灰が鏡皿に落ちた。
彼の小指に光る、プラチナのピンキーリング。
まるで赤い糸みたいに見えない誰かと繋がっているみたい。
「…うるせえよ」
薄暗い照明の下で、彼はどこかを一点に見つめたまま、わたしが帰るまで動かなかった。
空が白んでいる。
並木道は落ち葉で埋め尽くされていて、ついこの間まで暑い暑いと騒いでいたのに、いつの間にか季節は秋から冬へと移り変わっていた。
ーねえ伊織君。
彼の吐息が、今も耳奥に残っている。
ーだいすきだよ、って言って。
ーなんで。
ー嘘でもいいから聞きたいの。
ーやだ。
ーどうして?他の女の子にも言ってるじゃない。今日は谷口さん。昨日は風間さん。
ーチッ、萎えること言うなよ。
ー伊織君。
ーだいすきだよ。これでいい?
わたしは知っている。
キス、一つさえも許さなかった彼。
彼の言うだいすき、はリアルじゃない。
本当のリアルは、ずっとずっとずーっと前に、硬く閉じられたまま。
あの日から、彼は写真の中のお姉ちゃんを探し続けてる。
【猫に恋する、わたし】