猫に恋する、わたし
「ねえ伊織君」
「…」
「待って」前を歩く彼の背中が遠い。
「早いよ」
屋上へ続く階段を昇ったところで、彼がやっと立ち止まる。
わたしがぜいぜいと息を切らしてうずくまっていると、彼は腕を組んで「鈍臭えな」と少しだけ笑みを浮かべた。
「い、いいの?」
「何が」
わたしはためらいがちに言った。「….谷口さん」
谷口さん、今にも泣きそうだったな。
わたしが落ち込んでいると、彼はハア、と小さくため息をついて言った。
「なんであんたが凹んでんだよ」
「…だって」
「いいんだよ。どうせ愛菜とは終わるつもりだったから」
「え?」
「ま、あんな形になるとは俺も想像してなかったけど。その点では愛菜には悪いことをしたと思ってる」
「…」
「言ったろ。ケジメつけるって」
「それならどうしてーー」
わたしはあの時の唇の感触を思い出していた。
「どうしてキスしたの?」
ーこいつと付き合ってるのは俺だから。
「どうしてあんなこと言ったの?」
わたしはきっとどこかで望んでいたんだと思う。
でも彼の口から出たのはわたしが欲しかった言葉じゃなくて。