猫に恋する、わたし
「麗美さん」
冷たく低い声は、その場の緊張感を静かに引き起こす。
「もう下らないことはしないでもらえますか」
「…何のこと?」
「あいつ…莉子は、俺の女なんで」
わたしは思わず耳を疑った。
鼓動が足早に大きな音を立てて、体中の血液が駆け巡る。
「今度またあいつに手出したら、俺許さないすよ」
「どうして、」
「…」
「あんな冴えない子のどこがいいの?」
「麗美さんには分かんないすよ。あいつの良さは俺だけが知っていればそれでいいんで」
それからふたりは一言も会話を交わすことはなかった。
しばらくして、麗美先輩は屋上を出て行った。
ペントハウスを降りる際、彼女の横顔は唇をぎゅっと噛みしめて、涙をこらえているように見えた。
「伊織君…」
彼の柔らかい、ココナッツ色の髪がそよ風に揺れる。
「んだよ、いたのか。盗み聞きとかタチ悪りい」
彼は振り向くことなく、遠くの景色を眺めていた。
「伊織君、あのね、わたし…」
「言っとくけど」わたしの言葉を遮る彼。
「さっきのも口実。正直うざったかったんだよな、あの人。だから」
「知ってる」今度はわたしが彼の言葉を遮った。
「…」
「”ああ言っておけば線引きができる”でしょ?」
「…よく分かってんじゃん」
タバコの苦い香り。
わたしは無我夢中で彼の背中を抱きしめていた。