嗤うケダモノ

会えない時間と沈む心に、毒が落とされる。

一滴…


「あんたのいい人、近頃来んせんね。」


二滴…


「あらあ。
若旦那なら昨日向かいの妓楼の前にいたのを見んしたけど。」


大丈夫、大丈夫。

なかなか来られないことは、最初からわかっているもの。
同僚が見たのは、きっとよく似た別の人。

大丈夫、大丈夫。

ズキズキ ズキズキ

痛みを堪えて女は笑った。
やっと会いに来た男に、何も聞かなかった。

それでも毒は落とされる。

三滴…


「知ってんした?
若旦那、おかみさんを迎えるんざんしょ?」


四滴…


「ほんに?
それで独り身のうちに、あちこちで廓遊びをねぇ…」


大丈夫、大丈夫。

待っていてって、言ってくれたもの。
昼見世の時にあの人らしい後ろ姿を見つけたけど、きっとよく似た別の人。

大丈夫、大丈夫。

ズキズキ ズキズキ… イラっ

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