嗤うケダモノ

見世格子の向こうに男はいた。
男が引手茶屋から出てくるのを女は見た。

ズキズキ ズキズキ

どうして?

わちきに会いに来るのなら、今更茶屋の案内など要らないでしょう?

ズキズキ ズキズキ ズキズキ

どうして?
どうして?

わちきはここにいるのに。
おまえ様を信じて、待っているのに。

ズキズキズキズキズキズキズキ

ウラギリンシタネ オマエサマ

女は夜叉となった。

無法な客から身を守るようにと与えられた剃刀を、袂から取り出して。
遣手の姐さんを押し退けて。
門前にいる番頭を突き飛ばし。

店を出て、女は走った。

紛れもなく足抜け。

若い衆の怒号と足音が背中を追ってくる。

捕まれば折檻が待っている。
もしかすると、見せしめに殺されてしまうかも。

でも、もういい。
なにもかも、どうでもいい。

騒ぎに気づいた男が振り返った。

誰よりも愛しい男。
そして、誰よりも憎い男。

男は確かに若旦那だったが、日向の目には由仁に見えた。


(先輩が…
裏切った…の…?)

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