嗤うケダモノ
壱
『温泉旅館 源翁庵』
山の中の小さな温泉宿の、現在の姿だ。
15年前、宿の主人の元に後妻として嫁いできた20才以上も年の離れた若い女性が、かなりの経営手腕の持ち主だったらしい。
結婚前に銀座のクラブで働いていた時のツテをフル活用して資金を集め、宿を改装し、季節毎のイベントを提案して集客に努め…
雑誌に取り上げられたこともある、威風堂々たる旅館にレベルアップさせた。
それと共に、付近には土産物屋や食事処も立ち並ぶようになり、タヌキやイノシシと共存していた集落も近代化が進んだらしい。
もう秘湯とは呼べねーな。
源翁庵の旦那方は、青沼 孝司郎(アオヌマ コウシロウ)。
集落の長で宿の主人だった、あの男だ。
もう60は越えてるハズだケド…
お元気デスネ。
そりゃ、わっかい嫁サン貰うくらいだもんネ。
孝司郎と死別した前妻の間には清司郎(キヨシロウ)という30半ばの長男がいて、一応その男が若旦那ポジションにいるが、なんだか身体が弱いらしくてほぼ空気。
そして杏子を訪ねて来たのが、旅館発展の立役者である女将の青沼 瑠璃子(アオヌマ ルリコ)だった。
杏子が懇意にしている国会議員と古い知り合いだったらしく、頼み込んで紹介してもらったそうな。
いったい、なんのために?
前述の青沼一族に取り憑いているという、狐を祓うために…