嗤うケダモノ
強い女性だと、後藤は思った。
後藤より千鶴子と接する時間が多かった妻も、彼女に同情を寄せていた。
彼女の言う通り、俺たちは間違っているのでは…
心に迷いが生じ始めた頃、次の命令が後藤に下った。
『千鶴子が逃げた』
『捕まえて、連れ戻せ』
後藤は困惑した。
だって、こんなコトはもうやめるべきだ。
けれど従うしかなかった。
だって、孝司郎は長様だ。
後藤は千鶴子を追い、バス停の手前で彼女を見つけた。
『見逃してください』と、千鶴子は言った。
『もう私は、清司郎さんの前に現れませんから』と。
千鶴子の主張が突然変わったコトに、後藤は驚いた。
それならば、もう彼女を解放してもいいのでは…
いやいや。
勝手にそんな判断はできない。
命令を遂行しなければ。
腕を掴む。
振り払われる。
羽交い締めにする。
突き飛ばされる。
揉み合って、揉み合って、揉み合って…
不意に千鶴子の身体が傾き、後藤の視界から消えた。
揉み合ううちに、崖の際まで来てしまったらしい。
千鶴子は足を滑らせたのだ。
だが、この崖は低い。
ケガをしたとしても、捻挫程度だろう。
早く連れ帰り、手当てしてやろう…