嗤うケダモノ
『気のせい』が生じるのは、世に溢れている怪談や都市伝説のせいだ。
似たようなシチュエーションと似たような現象が重なると、あたかも自分が怪談の主人公になったかのように錯覚してしまう。
まさか?
でも、もしかして?
恐怖が心にかける暗示。
それが、ほとんどの心霊体験。
だから、ほんの一過性で終わるケースが多い。
一晩寝たら暗示が解けて、『気のせい』だと思い直したり。
ちょっと怖かった、程度の話のネタに変わったり。
だが、深刻な状態に陥ってしまうこともある。
例えば、タケルとユカ。
同じ感覚を共有する者がいつも傍にいることで、いつまでも暗示が解けない。
それどころか、お互いがお互いに暗示をかけ続けてしまう。
日に日に恐怖に埋め尽くされる心。
上階の住人が立てる物音が、ラップ音に聞こえだす。
ガラスに反射した光や自らの影すらも、不吉の兆しに見えてくる。
緊張に疲れきった身体と、緊張を解くことのできない脳のバランスが崩れれば、睡眠麻痺だって簡単に起きる。
自作自演のトワイライトゾーンに、とめどなく落ちていく…
「だから、もう大丈夫だよーって上書き暗示をかけるワケ。」
言葉を切った由仁は、冷めたお茶を一口啜った。