ナムストーンPART1

大洪水1

そしてさらに数ヶ月が過ぎた。
中部ヨーロッパ、ザールからシュバルツバルトにかけて
大雨が降り続いた。

酸性雨のために美しかったもみの木の森シュバルツバルト
の頂上付近はすっかり禿山になっている。

大雨は少しずつ東に移動しながら中部ヨーロッパに
長期間居座った。雪解け水とも重なって、

ラインの増水は日ごとに危険水域に近づいた。
雨は一向に止もうとはしない。ついにスイス国境付近
の雪解け水が一挙にボーデン湖をあふれさせた。

温泉で有名なバーデンバーデンが増水と大きながけ崩れで
町の大半が埋もれてしまった。

増水は各地で危険水域を突破しドイツ政府は国家非常事態宣言を発令、
軍隊が出動し始めた。このころ

キーツカーンは学会の研究論文発表のため5月のはじめから
デュッセルドルフに住みケルンの大学とを毎日往復していた。

長雨が続く異常な増水でデュッセルドルフの大きくラインが膨らんだ
広い河岸が、いつもは市民のいこいの広場なのだが、

もうすっかり水没していて樹木だけが濁流の中に林立している。
今までに見たことのない光景だ。

キーツカーンは静寂の中に忍び寄る大恐怖を感じた。
「おお!ナムストーン!」
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