【完】白衣とお菓子といたずらと
帰路に着く車の中でも、いつもより言葉数は少なかった。


そして、その空気感のまま自宅へと到着した。


――ガチャっ


「……どうぞ」


荷物は俺が持ったまま扉を開き、美沙に先に入るように促した。家の中に入れようとして、荷物が結構重いことに驚いた。駅で美沙はこれを軽々と持ち上げて段差を降りていた気がする。患者さんを1人で移乗させているだけあるなと、変なところに感心した。


「……クスクス」


荷物に集中していると、この場に似つかわしくない声が響いた。


……え?今はどう考えても笑う場面ではなかった。というか、そんな空気ではないはずだ。


俺の気持ちが全く伝わっていないのかと、怒りを感じた。


「なんで笑ってんの?」


しまったと思ったけれど遅かった。いつもよりきつい口調になってしまっているのは自覚がある。


「ごめんなさい。だって礼央さん怒ってるみたいなのに、荷物も自然に持ってくれて、扉も当たり前に開けてくれるし、礼央さんが優しいのは根っからなんだなって思って。そんなこと考えていたら、なんだか可笑しくなっちゃって」


「怒ってるって分かっているなら空気読もうか。何に怒っているか分かってる?」


俺の問いかけに彼女は激しく首を縦に振った。


未だに笑っているのが気に食わない。


「うん、分かってる。ちゃんと話すから、とりあえず中に入らない?ここ玄関だし」


彼女に言われてハッとした。


周りを見て、帰宅してからまだほとんど先に進んでいなかった。


ここは彼女の言うとおり移動しよう。


話は、それからだ。ゆっくり、じっくりと話をしよう。


昨日は酒に逃げたけど、今日は彼女から決して逃げない。


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