【完】白衣とお菓子といたずらと
「……」

「……」


先ほどまでの雰囲気が嘘のように、部屋の中が静まり返っている。


お父さんも黙ったまま、けれどお酒を飲む手は止まる気配がなかった。


「礼央君……」


――ガタっ


「……はい!」


ぼそりと、小さな声でお父さんが呟いた。


急に呼ばれた俺は、抱えていたグラスをテーブルに置き、慌てて姿勢を正した。


そっと置いたつもりのグラスは、思いがけず大きな音をたててしまった。


「さっきはああ言ったけれど、親として不安でもあるんだよ」


“不安”が滲み出てるのか、ボソボソと覇気のない声だった。酒がまわっているのか、最初に挨拶したときよりも、呂律が回っていない気がする。


「美沙は……娘たちは、私にとっては宝物なんだよ。人生の全てだと言ってもいいくらいに。礼央君にとっても同じってことなんだろう?あんなに幸せそうなんだ、君と一緒になることは私も喜ぶべき事なんだよ……な?」


やっぱり娘の結婚は、寂しいんだろう。お父さんが少し小さく見えた。


娘の前ではこんな弱音というか、不安な姿は見せたくなかったんだろう。


“結婚”というものの重さを感じた気がした。


「必ず……必ず幸せになりますから……僕たちを信じてください」


今の俺に言えるのはこれくらいだ。


たった一言で不安を拭えるような力はもちろんない。俺の存在自体はそれだけ無力なんだ。
< 212 / 220 >

この作品をシェア

pagetop