【完】白衣とお菓子といたずらと
――カチ、カチ、カチ


1人の病室は、時計の音がよく響き渡る。


そろそろだろうかと、時計を見ると、後15分程で日勤帯の就業時間が終わる頃だった。


規則的に動く秒針を見つめて目で追っていると、扉のほうから控えめなノックが聞こえた。


……きっと、小川さんだ。


「山下さん、すみません遅くなりました」


ほうら、やっぱり。俺の予想は当たっていて、何か緑色の物を持った小川さんが病室へと入ってきた。


「お疲れ様。カルテ記載は終わったの?」


こんな時間になったんだ、きっとカルテ記載を先にしていたんじゃないかと予想した。


俺の質問に彼女は目を見開いて驚いた顔をした。


「よく分かりましたね。はい、記載まで終わらせてきたので、今日はこれでお仕事終了です」


そう言って、右手に持つ謎の物体を軽く振った。


そいつの正体が気になる。俺は、ジーっと小川さんの手元を見つめた。


「あー、これはクリッカーです」


俺の視線の先に気づいたらしく、名称?らしき物を答えてくれたが、俺にはますます分からなくなった。首を捻るしかない。


「で、それは結局何に使うの?」


「寒冷療法に使う道具です。これで熱感がある部分を冷やすんですよ」


リハビリで使う道具らしいことは分かった。


俺が理解しようと、頭の中で反復し、言葉を噛み砕いているうちに、彼女はもう次の話に移ってしまった。


「これ凄く熱伝導率が高いんですよ。冷やすっていう行為は、熱を奪って成立するんですよ……「ちょっと、待って」


今まで見た事がない位に目をキラキラ輝かせて語りだす小川さんは確かに可愛い。けれど、内容がね。熱伝導率が、とかをそんなに熱く語られても、俺は理解できないんだけど。


「そういう難しい話は俺苦手だからさ、もう分かりやすく話してくれないかな?」


俺の言葉に彼女がハッとした。ようやく俺の訴えを分かってくれたらしい。


「要約すると、よく冷えるって事です」


うん、もの凄く簡単な事を言いたかったらしい。


「すみません、私的にはその冷える原理とかを説明したくって……」


小川さんは申し訳なさそうに少し俯きがちに、苦笑していた。


今日はラッキーかもしれない。色々な表情の小川さんを見る事が出来たから。


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