【完】白衣とお菓子といたずらと
「これを患部に当てて、こんな風にくるくる円を描くように冷やしていきます」


そう言って、クリッカーと言っていた道具を俺の足首に少しずつ場所を変えながら宛てはじめた。


「一箇所には絶対に留めないで下さいね。山下さん、自分で今みたいにやってみて下さい」


説明を続けていたかと思うと、急に俺の手を取り、交代するよう促してきた。


特に抵抗する暇もなく待たされてしまい、言われるがままに自分でやってみた。


こんな感じでいいんだろうか?


小川さんの顔を伺いながら、さっきの彼女を真似するように、クリッカーを動かしてみた。


「そう、そう、そんな感じです。これを5分程感覚がなくなるまで続けます」


小川さんは「よしっ」と、俺の足元を看るために屈めていた身体を起こした。


俺の様子をボーっと見ていた彼女に、出しておいたチョコレートドリンクを飲むように勧めると、嬉しそうに頷いてすぐに封をあけて飲み始めた。





――……


5分以上経過したと思う。


そろそろかなと、窓際に移動した小川さんを伺うと、ストローを銜えたまま外を眺めていた。


「……そろそろいいかな?」


そんな小川さんをもっと眺めておきたいと思ったけど、左足首が冷え切りこれ以上は辛くなってきた為、泣く泣く断念する事にした。


俺が声をかけると小川さんは、ビクッと肩を震わせて、振り向いた。


「すみません。たぶん大丈夫だと思います」


申し訳なさそうにしながら、スタスタと俺に近づいてきて、そして俺の足部に触れた。


この距離感、好きだけど、やめてくれって思うんだよな。


「あー、オッケーです。よし、じゃあ、今日はこれで終わりますね」






……あれ?


いつもならこう言ったやり取りの後、しばらく居てくれるのに、今日はやけにあっさりと片付けを始めてしまった。


確かに仕事はこれで終わりだろうけど、こんなにもあっさり帰ろうとされると、寂しさを感じてしまう。


けれど、寂しいなんて、俺みたいな立場の奴が言えるわけないからな。


もう少し居てくれと、喉まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。


そんな俺の葛藤なんて知らない小川さんは、


「また明日お願いします。今日もごちそうさまでした」


と、いつものように帰っていってしまった。


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