復讐
正臣は、納得がいかない様子で、顎髭を摩りながら幸治を見た。
そして、ぶつぶつと拗ねた口調で言った。

「おまえのオカンかて、20歳でおまえを産んだんやし、可笑しい事あれへんやろ」

幸治は、正臣を睨んだ。

「ママはママ。僕は僕。だいたい、そんな相手もおらんし」

そう言い捨てると、幸治はふて腐れたような顔で煙草に火を着けた。

しかし正臣は、その幸治の様子に気付いていないようで、尚も幸治に問い質した。

「そんなん言うたかて、彼女の一人くらいおるやろ。」

幸治は「おらんし」と、多少不機嫌になり、そっぽを向いた。
それでも、正臣は止めようとしない。

「またまたぁ。ほら、ClubBellやったっけ?可愛い女の子とか、ぎょうさんおるんやろ。それで、彼女がおらんてことはないやろ」

その時、一瞬だけ美帆の事が、幸治の頭を過ぎった。

しかし幸治は、すぐにかぶりを振ると「おらん、おらん」と言い、立ち上がった。

正臣の相手に疲れたからだ。

そして、丁度幸治がリビングから出ようとしたその時、リビングの角に置いてある電話機が鳴った。

子機はキッチンに置いてある為、キッチンとリビングから、時間差でリズミカルな機械音が聞こえてくる。

勿論、幸治はリビングに置いてある親機を手に取った。

「はい、仲辻ですが」

「もしもし?幸治くん?幸治くんなの?」

電話の向こうから聞こえてくる声は、息切れをし、早口で、じっくり耳を傾けなければ上手く聞き取れない程の早口だった。

しかし、声からして相手が正臣の妻の妙子である事は、すぐに分かった。

相手が意味も分からず慌てている時程、人はそれを客観的に見て、驚く程冷静になれるものなのだろう。
幸治は、冷静に妙子に聞いた。

「どうしたの?叔母さん」

妙子は、大きく息を飲み込み、腹の底から搾り出すように声を出した。

「主人に代わってちょうだい」

幸治は、電話越しからでも伝わってくる妙子の気迫に驚き、すぐに正臣を呼んだ。

正臣は「なんやねんな」と、少し陽気な声を出した。
そして「よいしょ」と言いながら立ち上がり、ゆっくりと電話機まで歩いた。

そして幸治から受話器を受け取った瞬間、正臣の表情から血の気が引いた。
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