甘い愛で縛りつけて


まず、声を出さなくちゃ……そう思ったけれど、怖くてうまく出せなくて。
呼吸が乱れて、怖さで思考回路が凍りつく。

お尻から内腿へと移った手に、身体が震えた。
何度も撫でるように上下する手に、頭の中が恐怖一色に染め上げられる。

恐怖感。嫌悪感。緊張感。
ピタリと身体を密着させてきた痴漢の荒い息の音が聞こえてきて、血の気が引いていく気がした。

足を思いきり踏みつければいいとか、肘鉄を入れてやればいいだとか。
痴漢対策法は頭に浮かぶけれど、それを行動に移せなくて、怖くて涙が浮かび上がってきた時。

「……ぐっ!」と後ろからくぐもった声が聞こえてきた。
同時に離れた痴漢の手と、ざわざわと騒ぎ出す人たちの声。

そして聞こえてきた、求めていた人の声――。

「電車ん中で変なモンたたせてんじゃねーよ」

急いで振り向くと、そこには膝をついた中年の男の人と、その後ろに立つ恭ちゃんの姿があった。
満員に近い電車内で、私を含めた三人の周りだけに空間ができている。

腕まくりをしてスーツを片腕にかけた恭ちゃんは、長い足をゆっくりと下ろす。
股間を押さえてうずくまる中年の男の人から予想すると……どうやら恭ちゃんの蹴りがそこに入ったんだと思う。



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