甘い愛で縛りつけて


「あんたの探してる女じゃねーよ」
「そうみたいだな。無駄足だった」
「俺にも俺の生活がある。いちいち関ってくるんじゃねーよ」

帰ろうと背中を向けたお父さんに、ドアに寄りかかるようにしていた恭ちゃんが言う。

「俺だって関わりたくてそうしてるわけじゃない。
千香子を探しているだけだ」
「俺んとこになんか来るわけねーだろ。
愛情もなにもないアンタに勝手に孕まされて生まされた俺の事なんか憎んでるに決まってんだから。
なんで人生狂わした元凶にわざわざ会いにくるんだよ」
「母性は俺には分からないから万が一を考えてるだけだ」
「母性がある女が子ども置いてでていくかよ。
いい加減、自分が捨てられたって認めろよ。いい年してみっともねーな」

はっと顔を歪めて笑う恭ちゃんを、お父さんが振り向く。
その顔は無表情だったけれど……なぜだか怒っているのが分かった。

無機質で感情を浮かべない瞳が、恭ちゃんを見据えて近づく。

その時、恭ちゃんがわざわざ眼鏡を外した事が頭によぎって……その理由に気づいた。

再会した時にかけていた黒縁の眼鏡を恭ちゃんは壊したって言っていたけれど、きっと違う。
着任式の日、恭ちゃんは銀縁の眼鏡をしていて、その左頬は少し腫れていた事を思い出した。


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