甘い愛で縛りつけて


「事務長は全部知ってますよ」
「え……」
「話は終わりましたので、これで失礼します」

イライラしながらもそれを隠してなんとか笑顔を作って背中を向ける。
そして歩きながらはぁと深いため息をついた。

明日からの仕事がやりづらくなるかもしれないとは思ったのに、つい苛立ちが口調に出てしまった事を反省する。
どうにかして適当に流す事もできたのかもしれないと思ったけれど、今更だと諦めた。

明日、念のため早めにきて事務長に報告しておこう。
田口さんの事だから、仕事中もあの話題で話しかけてきそうだし、そうなったら厄介だ。

恭ちゃんが何気なくついた親戚って嘘は、最初は助かった事もあったけれど。
付き合っている今となっては、親戚なんて嘘はまるで恋愛関係をカモフラージュしてるようにしか思えない。

田口さんが今の会話で恭ちゃんと私の関係に確信を持ったとしたら、口の軽い田口さんはそこら中でまき散らしそうだし噂は一気に広がるかもしれない。
恭ちゃんにも、迷惑がかかるかもしれない。

だからと言って、私が今振り返って黙っていてくださいなんて言えば、関係を認めた事になるし……。
色々考えながら、田口さんはもう帰っただろうかと後ろを振り向いて……思わず声をあげそうになった。

振り返った目の前に田口さんが立っていたから。

話が終わってから数十メートルは歩いてるし、追いかけてきたって事だろうか。


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