甘い愛で縛りつけて


奮える手で、まだ嫌な振動を続ける胸に触れて安堵のため息をつく。
それから、倒れたままの田口さんに気づいて「田口さん、気絶してるだけだよね?」と恭ちゃんを見上げて……声を失った。

目の前にいる恭ちゃんがあまりに無表情だったから。
まるで……感情を失ったお父さんみたいな顔をしていたから。

「なんで……何も言わないの? 恭ちゃん……」

少し怖くなって聞くと、恭ちゃんは少し黙った後、はっと顔を歪めた。

「最初にこいつの心配か」
「え……あっ」

呟くような声も、表情と同じく感情を感じられなくて。
不安に思っていると、強引に腕を掴まれてそのまま歩かされる。

「恭ちゃんっ、田口さんこのままじゃ……」
「――黙ってろ」

決して怒鳴られたわけじゃない。
けれど、威圧を感じる声に、何も返せなかった。

怖くて重みのある声は、いつもの恭ちゃんとは違っていて。
少しでも安心したくて、いつもの恭ちゃんと同じ部分を探そうとしたけれど……見つからなかった。

声も表情も……恐らく性格だって違う。
まるで恭ちゃんの皮をかぶった別の人みたいだ。



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