甘い愛で縛りつけて


席が遠かった上、隣の田口さんがやたら話しかけてきてうるさかったから、名前とか全然聞こえなかったんだけど……。

ただ、長身の美形なのに、なんでだか親しみやすさみたいなのを感じて、そんな自分を不思議に思ったのを覚えてる。
そこから二時間。
まだ継続中の田口さんのあまりの鬱陶しさに、すっかり忘れていたけど。

「あ、初めまして。新しく赴任されてきた方ですよね。
私、事務の……」

そこまで言って黙ったのは、その人が思いきり顔をしかめたから。
思わずびっくりして黙ると、その人は怒ったような顔をしたまま近づいてくる。

自己紹介をろくに聞いてなかったから怒ってる?
それとも、田口さんがうるさく騒いだから不愉快になってるとか?

色んな理由を考えてみるけど、これだって答えが見つからずに焦る。
怖い顔して近づいてくるその人に、どんな理由だとしても多分それ私のせいじゃなく田口さんのせいなんです!と叫びたい衝動に駆られた。

親しみやすいなんて、勘違いだったのかも。
顔が整っているだけに、そんな険しい顔されると余計に怖くて、目が泳ぐ。


< 8 / 336 >

この作品をシェア

pagetop