空のこぼれた先に
誰かから逃げているだろうことは分かっていたけれど、こんなに深刻な状況だとは正直想像もしていなかった。
どこかの令嬢が家出をしている最中とか……、その程度だと思っていたのに。
もしもただの家出だったら、追手につかまったとしても家に連れ戻されるだけで済む。
だけど、彼女の場合は違うだろう。
さっきの短刀は、間違いなく命を狙っていたのだから。
「っ、」
後ろからは、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
細い路地は入り組んでいて、右に行き、左に行き、くねくねと迷路のような道をひたすら走る。
自分でもどこに向かっているのか分からないまま、ただただ、追手を撒くことだけを考えていた。
地元の人間ですら迷いやすい道。
彼女はおそらくこの街の人間ではないし、あの追手も同様だろう。
それならきっと振りきれる。そう信じて走り続けた。
「姫様……っ!」
────どれくらい走っただろうか。
ふいに後ろから、切羽詰まったような声が聞こえた。
瞬間、まるで反射のように、後ろを走っていた彼女がぴたりと足を止め、走り続けようとしていた俺の手を振り払い、声がしたほうを振り返った。